表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けの疾走  作者: 村松康弘
46/78

46


月明かりの中に黒煙が上がる。ガソリンとゴムや樹脂の焦げる臭いが立ちのぼってきた。


・・・ここから少し上がった所に小さな集落がある。


静かな山村だから、ちょっとした異変に気付いた住民は、消防や警察に通報しているかもしれない。






俺は車道を避けて、林の中に入っていく。「俺が果たすべきこと」の遂行のため、第三者に目撃されるわけにはいかない。


満月の光のおかげで、懐中電灯がなくても歩けるのはありがたかったが、その分目撃されるリスクはある。


こんな時間に山中の林を歩く人間はいないと思うが、しんと静まった闇に物音は響くので、なるべく音を立てずに山を降りる。


植林されて20年ほど経った杉林は下草の手入れがされていて、走って抜けられるほどだったが、そこを過ぎると、手付かずの雑木林になった。


自分の背丈ほどの雑木の藪や、笹薮のため歩きづらい。ナラやクヌギ、栗やケヤキに混じってオニグルミが大きな葉を茂らせていた。


自然の林野は、木々たちが無音のせめぎ合いを呈している。全ての樹木が光を求め上へ上へと伸び、追随するものには葉の傘で光を遮断し、成長を許さない。


直径10cmほどの藤蔓が細い雑木を締め上げ、引き倒そうとしている姿は音のない格闘技のようだ。雪害に倒れたヤマザクラの枯れ木を乗り越えた時、短足な狸が慌てて逃げ出した。


・・・山には「けものみち」というものがある。


喰うものと喰われるものが昼に夜に歩き、植物が生える時間を与えないから、「みち」として形成されるのだ。


雨垂れが石を穿つように小さな生き物でも歩き続けるから、地山に平坦な「みち」が出来るのだ。


何十年も昔に人間が馬を引いて歩いていた道が朽ち果てたものは、今や獣の道路だ。






・・・月明かりで方向を確かめながら降りると、断崖のような所に出た。雑木の少ない場所に行くと、市街地の灯りが瞬くように見える。


腹の底からため息が出て、なぜか胸になにかが込みあげる。


夜景を眺めて感慨に耽る資格などない俺だが、しばらく動けずにいた。闇に瞬く光はどういうわけか、過去を思い出させる。


星にしても、人工的な灯りにしても。






吸っていたハイライトを土に埋めこみ、枯葉の地面から尻を上げ街を目指す。


「荒野をくだって、赤く灼けついたあの、荒野をくだって、街境のハイウェイを西へ」


いつかどこかで聴いたことのある歌のフレーズが、口をついて出た。


夜明けまでには降りられるだろう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ