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夜明けの疾走  作者: 村松康弘
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・・・かつてこの納屋の近くに、俺が住んでた家があった。親父・お袋・10歳年上の兄貴と俺の4人で住んでた家。


茅葺に貼ったトタン板が錆付いた屋根、戸車が軋む引き戸を開けると広い土間。


やたら広くすき間だらけの部屋の床は、板張りに色つきのビニールの茣蓙が敷かれていて、真冬は部屋の中がマイナス5℃ぐらいになった。


先祖の誰が建てたのかも判らないほど古い家だった。


親父は町の小さな土建屋の作業員、お袋は百姓で毎日畑の土に汚れてた。


まったく貧乏な家庭で、俺はテレビで観る都会のヤツらのハイカラな暮らしにいつも憧れていた。


南東方向に見える山、この空のずっと向こうに東京があるんだと眺めるのが癖になってた。


だが俺はこの家・この家族が好きだった。貧しい暮らしながらいつも笑い声が聞こえるこの家が。






・・・俺が高校2年の時、親父が死んだ。現場でブロック積みをしてる最中、脳梗塞で倒れそのまま死んだ。


俺が高校を卒業して家を出ると、県職員の兄貴が街に家を建てお袋を呼んだ。


そして古い家を潰すと言い出した。俺は反対したが、兄貴は断固として聞き入れなかった。


「俺はあのうらぶれた田舎の村も家も人間も、全て嫌いなんだよ。俺は親父みてえにしょっぺえ人生を送りたくねえから今まで努力してきたんだ!お前に文句は言わせねえ!」


兄貴は今まで見たこともない激しい調子で怒鳴った。俺の知る兄貴はいつも穏やかで、論理的な男だった。


・・・貧しい暮らしを惨めに思い、親父を心底軽蔑し恨んでいたんだろう。






・・・過去の事をぼんやり考えていたら、いつの間にか薄明るくなってきていた。


俺は納屋を出て歩く、急な獣道のような坂を上る。こんな道は誰も歩かなくなると朽ち果て道じゃなくなる。


登りきった平場の親父が眠る墓に辿り着いた。納骨以来訪れてなかったが荒れてはいなかった。


きっとお袋がちょくちょく来て、手入れしているんだろう。


俺は手を合わせ目をつぶったが、なにも祈ることも報告することもない。ハイライトに火を点け、香炉に置いて墓をあとにした。


遠くで早起きの年寄りが刈払い機を回す音がする。



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