22
俺は匕首から手を離すと仰向けに転がった。身体中汗だくで、クシカワの返り血と混ざり滴っている。
床は血の池のようになり、屠殺場のような臭気が充満していた。
まるで全力疾走したあとのように息が荒く、目が回って立ち上がれない。
天井を眺めながら、「人を殺した」事をボンヤリ考えていた。
クシカワを殺した事実に何の後悔もない。俺の中の「獣」のようなものが目覚めて、「果たすべきもの」のひとつが遂行されたという感覚だった。
・・・俺は起き上がり、惨たらしいクシカワの屍を一瞥すると、この部屋の鍵を探した。
鍵は低い下駄箱の上にクルマの鍵と一緒のキーホルダーに納まっていた。
ドアの外に人影はなかった。
部屋のドアを素早く施錠して、足音を忍ばせ建物から出て自分のクルマに戻る間、誰にも姿を見られずに済んだ。
クルマのデジタル時計は「2:54」を示している。
俺は住宅地を抜けるまでスモールだけで走る、エンジンもなるべく吹かさずに走った。
大きな通りまで出た時、ハイライトに火を点け深々と吸い込み、クシカワから奪った拳銃をグローブボックスに放り込む。
ドアの内ポケットのタオルで顔を拭うと、半乾きの変色した血糊がこびりついた。
・・・俺は今まで感じた事がない程の疲労と虚無感そして眠気を覚え、放心状態で運転している。
ひたすらに自分の寝床に倒れ込みたかった。
ラジオのスイッチをつけると、真夜中だというのにやたら早口なDJがリクエスト曲を掛けた。
どこかのロックバンドが「野良犬にさえなれないぜ」と歌う。
その歌が妙に今の自分のことのように思えて、「野良犬にさえなれねえな」と呟いた。
バックミラーに映る稜線を紫に染める夜明けが近づいたようだ。