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間に1台入れて尾行しようかと思ったが、クシカワの運転するシルバーの軽は、本人の千鳥足同様にスピードを上げたり落としたり、左側のガードレールに寄り過ぎて接触しそうになったりしていた。
かと思うと、前の車が遅いと思ったのか派手にクラクションを鳴らして強引に抜いたりした。
俺は適度に距離を保ち、ヤツに気付かれないように走った。
繁華街を過ぎ、狭い路地が入り込んだ住宅地に入ってしばらく走ったのち、「柏ハイツ」という最近建てられたばかりのようなアパートの敷地に入って行った。
俺はそのハイツを過ぎ、一つ目の路地を左折してエンジンを切り足早にハイツの入り口に戻った。
入り口の生垣の暗がりに身を隠し、不器用に駐車スペースに車を入れているクシカワを眺めていた。
ヤツは軽のドアを施錠すると、大あくびしてからズボンのポケットに両手を突っ込んで肩を怒らせて建物の方へと歩いていく。
部屋への通路が目の前に面しているのが幸いだった、クシカワは2階に上がってすぐの「201」のドアを開けようとしていた。
・・・俺にとっても重要な思い出がある201という部屋号。
トシが母と妹と共に慎ましく助け合って暮らしていた安アパートの部屋番号。
突然、それまで忘れていたトシのひと言が甦った。
・・・トシの父親が無残な轢き逃げ事故に遭うまでは、近くの一戸建ての小さな家に住んでたという事。
俺がトシと出会った時はすでに父親はいなかったから、その存在と人物像はまるで意識していなかった。
工作機械で部品を機械加工する、小さな町工場を経営していたと言っていた。
小さな工場から小さな自宅まで歩いて帰宅する途中、横断歩道上で轢かれたが、犯人が判らぬままだと話していたトシの横顔を思い出した。
俺はクシカワが部屋に入るのを見届けると、猫のように足音を消し車に戻る。
買ってきた黒いキャップを被りマスクを付け、革手袋をはめ右の尻ポケットにブラックジャック、左には切ったロープを丸め突っ込む。
踵の薄いコンバースのバスケットシューズは、まったく足音を出さずに歩ける。
静まり返った柏ハイツ一帯は車1台通らず、気密性の高さを売り物にした高級アパートだけあって、住民の生活の音もまったく聞こえてこない。
俺は闇に溶け込むように階段を登って行く。