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闇に包まれた街を走る。
途中、ウチの工場に2tトラックとライトバンの車検整備で入れてくれる設備屋の近くにクルマを停めて、廃材の山の中から直径3cm長さ30cmぐらいの亜鉛引き鋳鉄の水道管を拾う。
ホームセンターに寄り、細めの麻ロープとビニールテープ、作業用の薄手の革手袋と黒い野球帽とマスクを買う。
さらにコンビニに寄り、ハイライトとREDとパンとミネラルウォーターを買う。
飲み屋のネオンが明るい通りを過ぎ、誠龍商事ビルの近くまで来た。
昼間張ってた路地にクルマを停める。ビルの窓には灯りは点いているが、人影は見えない。
シートを少し倒し、拾ってきた水道管に洗車用のセーム皮をきつく巻きつけ、ビニールテープで固定する。
少し軽いがブラックジャックの代用品だ。
外傷をつけることなく内臓にダメージを与えることが出来る凶器、それがブラックジャック。
細めの麻ロープを2mぐらいに2本切って、端末をビニールテープで止める。
パンを齧りながらビルの灯りを眺めていると、過去の思い出が脳裏を過った。
・・・高校3年の文化祭の時に、なんとなくつきあうことになった女。
最初は大して執着してなかったのに日に日に気持ちが昂ぶって、そのうちにはその女の存在なしの生活は考えられないほどになった。
だけど恋愛に無知で経験も浅かった俺は彼女を傷つけ自分も傷ついて、疲労と消耗を感じた時「終わり」を告げられた。
11月の日曜日、駅ビルの屋上から見上げた空に、2度と特定の女は作らないと思った。
荒れた気分でトシのアパートに行き、ヤツのベッドにふて腐れて寝転がってると、「ざまあみやがれ」と笑いながら高級バーボンのワイルドターキーとグラスを二つ持ってきた。
「ショウの失恋に乾杯!」と言って、ふたりで飲んだくれた。
呂律が回らなくなってから、自分が振られた話を大笑いしながら話したりわざと明るく振舞って、落ち込んだ俺を癒してくれた。
・・・屈託のない笑顔の思い出は、前歯の欠けたポンコツの顔に変わり、そして2度と目を覚まさない蒼白な顔の屍になっちまった。
「あばよのひとこともなく消えうせたあの頃・・・。」
俺は声にならない声で歌った。
胸の鉛が閊えてきて、ビルの灯りがぼやけてきて大声で叫び泣き続けた。
・・・灯りが消えビルの玄関が開き、クシカワがフラフラ出てきた。足取りを見ると酔っているようだ。
地下駐車場から2台の車が出て来て、千鳥足のクシカワにホーンを鳴らして去っていく。
ベンツ560SELとジャガーXJ-6に深々とお辞儀をしながら、隣接の駐車場に入っていった。
俺は暗がりに停めた車を降り、足音を消してクシカワを追う。
シルバーの軽自動車に鍵を挿し駐車場の隅で立ち小便をする姿を認めて、俺は自分のクルマに戻る。
おぼつかない動きで駐車場を出て来たシルバーの軽の後ろをさりげなく走る。・・・涙は乾いていた。
軽のリアウインドウに呟いた。「早くネンネしねえから鬼が来たぜ・・・。」
俺は人生最大の怒りに全身の毛が逆立ってきた。