16
俺と克也は何も言葉を交わさない。
時折、克也が思い出したようにしゃくり上げたが、俺は無視していた。
17:00
地下駐車場のシャッターが上がり、センチュリーが出てきた。
センチュリーは左半分を歩道に乗り上げ、窓に真っ黒のフィルムを貼った運転席から男が降りてきた。
「・・・あいつです、クシカワ。・・・あの野郎・・・。」
くわえタバコで降りた男は、25ぐらいの色白の男だ。
オールバックにした頭髪に一重の三白眼、黒い開襟シャツに白いスラックスに白い革靴。
アンパンで溶けたような前歯のすき間にタバコをくわえている。
クシカワは歩道に唾を吐き、玄関に消えていった。
俺は「クシカワアキノブ」の姿とツラを脳に刻みつける。
クルマを出し、玉井のスタンドへ向かう。
克也は俺の顔を覗き込み不可解な顔をしていたが、俺は気付かない振りをした。
スタンドに着くと玉井が、一緒に駅まで石和のおばさんと美弥を迎えに行こうと言ったが断った。
俺は自分のクルマに乗り替えアパートに戻る。
ガラスのテーブルの上の「クシカワアキノブ」のメモを見た時、胸が閊えて泣きそうになったが、なんとかこらえた。
念のために電話帳で検索してみたが、やはり載ってはいなかった。
クローゼットから黒いジーンズと黒いTシャツを出して着替える。
高校の頃から使っている黒革の財布と、国産のチャチなダイバーズウォッチを身に付ける。
小物入れの引き出しから刃渡り10cmほどの小さい折りたたみナイフを出して、刃を開いてみた。
刃物研ぎの上手な親父が買ってくれたものだ。
それをジーンズのポケットにつっこみ、部屋を出た。
途中、沢田モータースへ電話を入れる。フロントの松木から少々文句を言われたが、しばらく休むと言って一方的に電話を切った。