12
引き出し式の灰皿はハイライトの薄茶色のフィルターが溢れている。
喉がイガラっぽい。
・・・父親と子供が歌う何かの童謡の声も止み、一階の浴室らしいオレンジ色の灯りが消えた。
「早くネンネしないと鬼が来るぞー!」・・・また同じフレーズが聴こえた。
・・・俺も何年かしたらこんな風に家庭を持って、ささやかな幸せを感じ、ささやかな幸せを守るために生きる人間になるのか。
今のところ俺にはそんな願望のカケラもない、特定のオンナを持つ気もない。
仕事は好きだと思うが、将来自分の工場を持つとかそういう純粋な夢や目標もない。
・・・うまく言葉に出来ないが、肌がヒリヒリするような何かを、ずっと昔から待ってる気がする。
・・・轟くエンジン音とともに、紺のグロリアがハイビームで駐車場に突っ込んできた。
運転席のドアが開き、玉井が飛び出して来た。
ドアを閉めもせず俺のクルマの方へ駆け寄って来る。
俺はドアを開きクルマを降りた、煙とともに吐き出した息が震えていた。
全身が不吉な予感を察知して、嫌悪感の塊になっている。
「俺のクルマについて来てくれ。」
「なにがあったん・・・」俺の言葉も聞かず踵を返すと、玉井は自分のクルマに乗り込んだ。
助手席には克也の姿が見えた、蒼白な顔をしている。
素早くUターンして飛び出す玉井のグロリアのあとを追って走り出す。
早鐘のような心臓の鼓動を感じながら、交通量の少なくなった夜道を突っ走る。
法定速度で走ってる遅いクルマを2台のセダンは次々に追い越しながら。