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TAROT  作者: 辰巳 結愛
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II:La Papesse

「さて、聞かせて頂きましょうか? 今回の敵が、どうして『吸血鬼』だと知っているのか」

「ちなみに、何で2年前にヴァンサンが……殺されたと知っていたのかも」

 疑いの視線を向ける新吾と、苦しそうに言葉を吐き出す承の2人に問いかけられ、佳菜は軽い溜息を吐き出した後、手元の紅茶に口を付ける。

 なお、彼らは現在近くのオープンカフェにいる。

 組織の長であった「ヴァンサン・アンクティル」が、敵の……「吸血鬼」の部下であった事を考えると、組織の建屋にいる事は危険であると思ったからだ。ヴァンサンに近しい立場の者は、既に敵である可能性が高かったし、そうでない存在から見れば、自分達はリーダーを殺害した「反逆者」だ。

 そうと分っていて現場でのんびりしていられる程、彼らも楽天的では無い。

 今はとにかく、自分達にできる事……身の安全を確保し、情報を整理、そしてその上でどう動くかを判断する事にしたらしい。

――案外と冷静だな、この2人――

 心の中でのみ呟きを落としつつ、佳菜はゆっくりとカップをソーサーの上に置くと、真顔で言葉を吐き出した。

「……自分の事を『御方』って呼ばせてる挙句、小型機内の手下の消失。……俺はあの手口を使う奴を、直接知っているからだ」

「では……やはり、あなたもその吸血鬼の仲間なんですか、佳菜さん」

「……逆。あいつらは俺の……仇、だ」

 新吾の問いに返された彼女の声は、2人が思わず身震いする程冷たい物。まるで、自分達までもが、彼女の復讐の対象であるかの様に錯覚してしまう程に。

 つまりは、それだけの憎悪を佳菜が持っているという事だが……いつもの、余裕気でありながらも、どこか人懐っこそうな彼女からは、とても想像がつかない。

「すみません、立ち入った事を……」

「ああ、いいよ。だっていつかは言わなきゃいけない事だろ? それに、疑われるような言動を取ったのも事実だし」

 先程まで浮いていた憎悪の色は消え、いつも通りの笑顔に戻して右手を振りながら彼女は言う。

 その顔と先程までとのギャップが激しい。一体、どちらが本当の彼女なのか。

 もやもやとした感情を抱きつつも、それを聞き出せないのは、先に感じた「彼女への恐怖」が残っているからなのか。

「それからヴァンサンの話。あれは……実際、俺の目で殺されるのを見たからだ」

「…………え?」

 俯きがちに言う彼女の言葉の意味を理解しきれなかったのか、承は頭上にクエスチョンマークを浮かべ、軽く首を傾げた。

 否、理解しきれなかったと言うよりは……理解したくなかったと言う方が正しいのかもしれない。

「2年前……俺は1度、『彼ら』と対峙した事がある。だけど、その時の俺じゃ、全然歯が立たなくて……間一髪、助けてくれたのがヴァンサンだった」

 自分の体を抱きすくめるようにしながら、佳菜は絞り出すように言葉を放つ。

 その声の中には、後悔と無念、そして悲しみが混じっているように思える。

 そして同時に……2人は理解した。

 ヴァンサン・アンクティルと言う人物は、彼女をかばって死んだのだと言う事実を。

「俺は……俺の命は、何人もの犠牲の上で永らえている。だから、俺は『彼ら』を倒さなきゃいけない。それが、俺の背負った『業』で、そして……」

 暗い瞳で、更に佳菜が言葉を続けようとした刹那。彼女は何かに気付いたように顔を上げると、慌てて承と新吾の腕を掴んでテーブルの下へと潜り込む。

「佳菜?」

「一体どうし……」

 どうしたんですか、と新吾が言い切るよりも先に。

 ドスリと言う音を立てて、床面に鈍色に光る厚手のナイフが突き立ち、銃声と思しき音が響く。それを認識すると同時に、人々の悲鳴が上がった。

 絶え間なく続くナイフの雨と銃声。そしてそれを掻き消すかのような、阿鼻叫喚。

 そしてしばらく後……唐突に、静寂が訪れた。

「止んだ……のか?」

 静寂に誘われるように承がテーブルの下からそっと顔を出し……目の前に広がる光景に絶句した。

 他の客、店員……少なくとも承の視界の範囲内に、自分達以外に生きている人間がいない。自分達とて、佳菜が気付かなければ同じ様に血に塗れた骸を晒していたに違いない。

 ただ、疑問に思うのは……今まで降っていた筈のナイフが跡形も無く消えている事、そして銃声に反して弾痕がどこにも見当たらない事。

「まさか……また、吸血鬼の刺客……?」

 そろそろと机の下から這い出し、新吾がポツリと呟いた刹那。店の奥から、1組の男女が彼らの前にその姿を現した。

 その顔に浮かぶのは、惨状への嫌悪ではなく、愉悦の笑み。それは、先の殺戮を楽しんでいた余韻なのか、それともこれから3人をいたぶる事ができると言う喜びからか。

「あら……フフ。生きていたのね」

「肝心の3人は殺せなかったけど……周囲の一般人を始末できただけでも良しと思おう。どうせ皆殺しにするつもりだったんだし。人間なんて下らない生き物だ」

「それもそうね」

 くすくすと笑いながら、男女はまるで恋人同士の語らいのようにあっさりと言ってのけた。

「……てめえら……関係ない人間巻き込んでんじゃねえよ!」

 言うが早いか、承は手の中に炎を生み、それを球状にして相手に投げつける。が、2人はそれをひょいとかわし、再びクスクスと忍び笑いを漏らす。

「直情型の馬鹿って、攻撃も単純だから避けやすいわよね」

「それは彼だけだろうけど。ほら、他の2人は凄い目でこっちを睨んでいるよ」

「まあ、怖い怖い」

 佳菜と新吾の睨みにも怯んだ様子も見せず、彼らは自分達の会話を続ける。

「……潮原君が直情型の馬鹿なのは認めますが……あなた方、腐ってますね」

「って認めるのかお前!?」

「否定できる要素、無いじゃないですか」

 承のツッコミに、やれやれと行った風に溜息を吐きつつ言葉を紡ぎ……だが、次の瞬間には、新吾は「ダイヤ」を使って女の方に向かって拳を繰り出していた。

「おっと。君達の相手は僕の方だよ」

 男は言いながら「ダイヤ」と女の間に割って入ると、その拳をどこからか取り出したナイフで受け止め弾き返すと、お返しと言わんばかりにそのナイフを投げる。

「ちいっ!」

 慌てて「ダイヤ」を自分の元に戻し、そのナイフを止める。

 その隙を突くかのように、女は佳菜との距離を詰め、彼女の両肩を押さえ込む。

「しまっ……」

「私の相手は女の子ー」

 不意をつかれ、ぎょっと目を見開く佳菜に対し、女が楽しそうに言う。それと同時に、佳菜と女の周囲の景色が歪んだ。

 佳菜も、それに気付いたらしい。慌てて女の手を振り払うが、既に彼女の周囲の景色は一変していた。

 何も無い、ただただ広いだけの空間。白く、汚れの淘汰されたその空間の中で、佳菜と女だけが浮いて見えた。

 それでも、佳菜は慌てた様子も無く、深い溜息を1つ吐き出すと、女に向かって冷たい視線と声を送った。

「……敵は、3人いたって事か。銃使い、ナイフ使い、そしてこの異空間製造者。1人につき2種類以上の能力を持つ事は滅多に無いって聞くし、そう考えるのが自然だろ? で、さっきの男がナイフ振り回してたって事は、お前は銃使いか異空間製造者だ」

「頭の良い子って好きよ。私達の仲間になれば、きっとあなたは『御方』に気に入ってもらえるわよ?」

「お断りだ。俺は……あの人達を、殺す。あんたこそ……奴の手先なんて、辞めたらどうだ? そして、罪を償え。これは……最初で最後の警告だ」

「それは出来ない相談ね。仲間にならないと言うのなら、ここで死になさい。この私、大アルカナ2番の手にかかってね!」

 にこりと、笑みを崩さずに言った女の手に、唐突にマシンガンが現れる。それは即ち、彼女がマシンガンを「具現化させる能力」を持っていると言う事。

――道理で、弾痕が残ってなかった訳だ――

 呑気に思いつつ、佳菜は右に大きく跳び退って銃弾から逃れる。

 具現化系能力は、能力者にしか見えない。それは、承から聞いた事だ。と言う事は、おそらくは……「痕跡」すらも見えないと言う事。例えば承の炎が何かを燃やしたとしても、その周囲には焦げ痕など残らない。

 物が燃えている最中だって、能力者の目であれば、「燃えている」と認識できるが、一般人からすれば「火も出ていないのに焦げ始めた」と言う不思議な現象に見える事だろう。

「大アルカナの2番て事は……『La Papesse』、『女教皇』か」

「あら、よく知ってるわね。この銃は能力だから弾数に制限はない。弾切れは期待できないわ! あなたはここで死ぬの!」

 高らかに笑いながら、女はひたすら逃げる佳菜を追い詰めるようにマシンガンを撃ち続ける。

 それを何とかかわしつつ……すぅと、佳菜の口元に笑みが浮かんだ。

 それはそれは、凄絶で残酷な笑みが。

「クックック……ここが異空間って事は、承達の視界からも消してくれてるって事だよな? なら、安心して……ってモンだ」

「何ですって……?」

 自分の銃撃の音で、佳菜の言葉の一部が聞き取れなかったのだろう。訝しげに首を傾げながら、女が問いかける。

 しかしそれには答えず、彼女はにっこりと、いっそ綺麗な笑顔を向けると……

「自分の能力を明かした時点で、あんたの負けだよ」

「え?」

 女が訝しく思い、声を上げるよりも先に。

 佳菜が女から写し取った能力が、ドンと言う低い音と共に、彼女の体を撃ち抜いていた。

 腹と、胸と、両手両足を撃ち抜かれぬるりとした感触が彼女の体表を流れる。致命傷だが、即座に死に至ると言う傷でも無い。

「え……あ……? 何、が……?」

「他人の能力はきちんと把握しておいた方が良い。……それに、一流の暗殺者なら自分の手の内を明かすような馬鹿な真似はしない」

 何故か楽しそうに笑いながら。止めと言わんばかりに、佳菜は素早く腕を振る。直後、づ、と言う音と共に女の眉間にナイフが生えた。

 それは、能力でも何でもなく、ごく普通のナイフ。金色の柄に、人魚に似た模様が絡み付いている。その生き物の頭上には、彼女の名前なのか「Les Sirènes」と描かれていた。

「警告はした。でも、聞かなかったのはあんただ」

 既に事切れた女の額からナイフを引き抜きつつ、彼女は冷たく言い放つ。

――「罪を償え」なんて、正直、俺が言える事じゃないんだけど。結局俺も根本は……――

 顔に苦笑を浮かべ、心の中でそう思いつつ、佳菜はゆっくりと息を吐き出す。

 ……この空間にいるであろう、もう1人の「能力者」の気配を探る為に……


II・La Papesse

 タロットカード大アルカナの2番。和名は「女教皇」。

正位置……深い知識を持っている、英知

逆位置……知ったかぶり、秘密、神秘

 作中では「女」。名前は特に決めていない(酷)。

 マシンガンを具現化させて戦う「具現化系能力」。具現化系なので、弾切れの心配は皆無。ただし攻撃の飛距離は通常のマシンガンとは異なり、「自分の視界の範囲内」と言う点がある。これは「任意の物を撃ちぬく事が出来る」と言う利点を持っているが、同時に「視界に入らなければ、対象を撃てない」と言う欠点にもなる。

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