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TAROT  作者: 辰巳 結愛
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VII:Le Chariot

 3人がほぼ同時に目を覚ますと、そこはただっ広い部屋の中だった。

――飛行機で、無事不時着したって事までは覚えてる。だけど、ここは?――

 軽く頭を振り、訝る様子で周囲を見回す佳菜とは対照的に、承と新吾は自分の置かれた状況を把握したのか、ぴっしと言う音がと共に完全にその場で固まってしまう。

 しかしその表情に危機感はない。緊張感に満ちていると言う点では変わりないが、負の感情は無い。強いて言うなら最終面接を控えた受験生の様な……

「鷹塔、ここって……」

「……ええ。多分」

 2人が声を潜めて何かを言おうとした瞬間、何者かがその部屋に入って来た。

 ……30代前半くらいだろうか。温和な笑みを浮かべて入ってきたその男。顔立ちからすると西洋人らしい。優雅に一礼をすると、彼は流暢な日本語で3人に向かって話しかけてきた。

「皆さん、無事にお目覚めのようで何よりです。そして……お久し振りですね、潮原君、鷹塔君」

「は、はい!」

「お……お久し振りです」

 どうやら承達の顔見知りらしいが、2人の様子はあからさまにおかしかった。男の姿を見るや、彼らは跳ね起きる様にしてベッドから降り立ち、その場でピシリと敬礼をしている。

――何、硬直してるんだ、あいつら――

 唯一理解できていない佳菜だけが、もそもそと自分にかかっている掛け布団を引っぺがしつつ、訝しげな表情のままその男を見つめた。

 その視線に気付いたらしい。男はくるりと佳菜の方に向き直り……

「はじめましてお嬢さん。私はヴァンサン。ヴァンサン・アンクティルと申します」

 自己紹介と共に佳菜の手を取り、ヴァンサンは気障ったらしくその甲に軽く接吻を落とす。されている方は、それを冷ややかな目で見下ろしている。

 その視線に気付いていないのか、それとも気付いていて無視をしているのかは定かでは無いが、ヴァンサンはにこやかな笑みを崩さず、彼女の手を握ったまま更に言葉を続けた。

「不肖ながら、彼らの属する組織……『Chasseur』の総司令を務めさせて頂いています」

「……ふぅん。だから承達が固まってたのか」

「ふうん、て……随分とあっさりした反応だな、おい」

「興味無いもん、お前らの組織の事なんて」

 いい加減鬱陶しくなったのか、佳菜は跳ね除けるようにしてヴァンサンの手を払うと、淡白……と言うよりはいっそ冷ややかなまでの声で承に言葉を返す。

 いや、声だけでは無い。視線も、態度も、あるはずの無い冷気を感じざるを得ない程、寒々しい物に変わっている。

「……『能力を悪用する者を更生させる組織』のはずなのに、名前の意味が『狩人』なんて、かなり胡散臭い」

「え、『Chasseur』て、そう意味だったんですか!?」

「知らなかった。ちなみに何語?」

「……フランス語」

 新吾と承の問いに対して短く答えつつ、彼女はゆっくりと右手をヴァンサンの方に掲げる。

 その行動の意味を図りかねたのだろう、ヴァンサンはすっと笑みを消すと、軽く首を傾げ……

「……何を、なさるおつもりです、お嬢さん?」

「攻撃」

 ヴァンサンの問いかけに、事も無げに答え、佳菜は掲げていた右手を大きく振る。

 同時にそこに現れたのは先の戦闘でコピーした羽虫こと「崩れゆく塔」の群れ。それらが、一気にヴァンサンに襲い掛かる。

「佳菜! 何を!?」

「……ヴァンサン・アンクティル。俺の記憶が正しければ、そいつは2年前に今回の標的……『吸血鬼』に殺されている」

 承の声に、冷酷な表情で彼女が答える。まるで、そこに何の感情も無いかのように。

 あまりにも唐突な宣言に、承も新吾も我知らず息を呑む。

 勿論、信じられないと言う意味を込めて。

 そんな驚愕で硬直する2人とは対照的に、攻撃をされている張本人はと言うと……半ば睨みつけるような視線を彼女に送りながら、それでも余裕気な声で言葉を返す。

「フッ、何を仰るかと思えば。そう言う貴女こそ『吸血鬼』の手下なのではないのですか? 潮原君、鷹塔君! 君達は私と彼女……どちらの言う事を信じますか?」

 手に持った剣で羽虫達を切払いながら、ヴァンサンが言った。

 今までそんな物を持っていなかった事を考えると、恐らくはそれが彼の能力なのだろう。

「その剣が、あんたの能力か」

「ええ。『Chariot』と呼んでおりますが……その身で味わって御覧なさい!」

 全ての虫を斬り終え、ヴァンサンは佳菜に向かって斬りかかる。

 虫が、こんなに早く切り払われるとは思っていなかったのだろう。ぎょっとしたように彼女はその目を見開くと、慌ててその身を捩ってその斬撃をかわす。しかし深い踏み込みと共に放たれた剣先は、彼女の上着を捕え、すっぱりとそれを切り裂いた。

「おや、斬れたのは服だけですか」

「……流石に『La Maison de Dieu』……『崩れゆく塔』って呼んでたっけ? あれじゃあ無理か」

 心底残念そうなヴァンサンに対し、佳菜は服の斬られた部分を指でなぞりながら、冷静にひとりごちる。

 最初から、羽虫には期待していなかったと言う事なのか。彼女はふぅ、と軽く1つ溜息を吐き出すと、今度はゆっくりと右手を差し出し……

「なら、『Le Chariot』」

 その呼びかけに応えるように、彼女の手の中には、ヴァンサンの物と全く同じ剣が現れ、収まる。

 彼女がヴァンサンの能力をコピーしたのだ。

「具現化系か。……大アルカナ7番『Le Chariot』。……全く。あの野郎は随分とタローに御執心らしい」

「あの野郎? 『吸血鬼』の事ですか?」

 独り言と思しき言葉に対するヴァンサンの問いは、凄絶な笑みと細腕に見合わぬ苛烈な斬撃を以って返された。

 能力同士の激しい鍔迫り合いに、部屋の中の空気が凍りつく。聞こえるはずの無い金属音が響き、2人の力が拮抗しているのがわかる。

 ぶつかっては離れ、離れてはまた斬りあう。

 その様子を見つめながら……承と新吾は悩んでいた。

 もしも佳菜の言った事が本当だと言うのなら、今彼女と戦っている「ヴァンサン」は一体誰だと言うのだろうか。

 そう考えると同時に、ヴァンサンの言う通り、彼女が実は「化物」の手下だとしたら。何故彼女は、自分達を助けるような真似をしたのだろうか。

 そこまで考えた時、新吾がふとある事に気付く。

「……ちょっと待って下さい。何で佳菜さんが今回の標的は『吸血鬼』だって知ってるんですか!?」

「そう言えば……俺達、『化物』としか言ってないはず、だよな」

 そう。確かに、承達の言う敵は「吸血鬼」だ。だが、彼らは佳菜に対して「敵は化物」という言い方しかしていない。その「化物」が「吸血鬼」であるとは、一言も言っていないのだ。

 それであるにも拘らず、彼女は標的を「吸血鬼」だと断定している。

 偶然と言われたらそれまでだが、そう思うにはあまりにも出来すぎている。

「では、佳菜さんは僕達の……」

「……敵……?」

 苦しげに呻き、考えながらも。目の前で繰り広げられる戦いの様子を見つめる彼らの中で、ようやく結論が出た。

 それは……

「焼きつくせ、『魔術師』!」

 承が叫ぶ。同時に具現化した炎が標的に向かって放たれる。が、相手は驚いた様子を見せながらも、それをひょいとかわし、逆に承に向かって斬りかかる。

 だが、それは彼にとって……否、彼らにとってある程度予想していた出来事だったらしい。

 承はその場からピクリとも動かず、哀しげな様子で相手の顔を見やるだけ。そして、そんな承と相手の間に割って入るかのように立ち塞がったのは……新吾。

 彼もまた、どこか悲しげに眦を下げ、それでもきっぱりと言葉を放つ。

「僕の存在を忘れてもらっては困ります!」

 斬りかかってきた相手に吼えると同時、敵の眼前には彼の能力「ダイヤ」が現れ、しまったとばかりに驚いている相手を横殴りにした。

 その唐突な攻撃に、相手はガードをする暇もなく吹き飛び、壁に激しくぶつかる。衝撃で、壁に亀裂が入る程。

「……それが、お前らの答え、か」

 しばらくの沈黙の後、溜息混じりの佳菜の声が響く。

 ……承と新吾の後ろで、腕組みをした状態で。

 その視線の先には、2人の攻撃によって壁に叩きつけられたヴァンサンの姿がある。

「……と言うか、普通いきなり両方攻撃するか!? 危うく焼け死ぬ所だっただろーがっ!」

「いやー、出た結論として、『悩んだ時はどっちも選ぶ』って方向で」

 承の襟首を引っ掴んで怒鳴る佳菜に、悪びれた様子もなく彼は答える。

 つまり、彼らの結論はこうである。

――わからなければどっちも攻撃。反撃してきたらそいつが敵――

「実際、かなりの賭けだったんですよ。どちらも反撃してきたらどうしようかと」

「……で? その賭けの結果、俺への疑いは晴れたのかな?」

「あぁ、それはまだです。が……」

「今は……あっち、だろ」

 ゆらりと立ち上がるヴァンサンを指差しながら、承は彼の周囲に炎を展開させる。

 こちらが唐突に攻撃した事は、確かに卑怯だったかも知れない。

 しかし、あちらは反撃したのだ。

 ……こちらが「組織」の一員であると知っていたにも拘らず。勿論、条件反射と言う可能性も否めない。だからこそだろうか。承はどこか哀しげにその目を伏せながら、ヴァンサンに向かって問いかけた。

「……なあ、ヴァンサン……本当にあんたは、敵なのか? 俺達をここに招いてくれたのは、何だったんだ? 組織は、何の為にあったんだ?」

「……この組織は、あのお方にとっての脅威。故に、『本物の』ヴァンサンを密かに殺し、彼に成り代わったのですが……いやはや、まさかこんなお嬢さんに見抜かれるとはねぇ。クック……どうせこの場にいるのは君達3人だけ。ならば、君達を殺し、今まで通り適度にあのお方の脅威となりうる能力者を始末すれば良いだけの事」

 するりと剣を構え、ヴァンサンを名乗っていたその男は、瞬歩の要領で彼らとの距離を詰める。

「……どうやら、隠す気はもう無えみてーだな」

 その声に幾許かの寂しさを滲ませ、小さくそう呟くと、承は今まで展開させた炎をヴァンサンに向かって一点収束。

 それは超高温を示す「青」に輝き、ヴァンサンの体をざわりと舐めた。

「な……っ!?」

「俺の最悪の技、『煉獄』だ。 ……地獄の業火に焼かれて眠れ」

 その声に応えるように、青い炎は相手の体を焼き尽くす。相手に悲鳴を上げる暇すら与えずに。

「……ヴァンサンは……俺の『能力』を、初めて認めてくれた人だった。だから……」

 誰にとも無く呟いた承のその声は、彼の放った炎の爆ぜる音に掻き消え……ヴァンサンを名乗っていた「誰か」と共に、燃えて消えたのである。



 男が1人、佇んでいた。

 窓際に立ち、物憂げな顔で夕日を眺めている。金色の髪が光を弾いて美しい。

 その姿は、まるで1枚の絵のように、優雅で、気品に溢れ……そして見る者を魅了する。

「……ご報告致します。7番、12番、16番。以上3名が倒されました」

 男に報告したのは、これまた絵に描かれていそうな、大和撫子と言う言葉の似合う黒髪の美女。

「そうか。7番は随分と能力者を集めてくれていたのになぁ」

「その集めていた能力者の内の数名に倒された模様ですわ」

 その言葉を聞き、男はようやく女の方を見る。目は驚きで軽く見開かれているが、口元にはどこか楽しそうな笑みが浮いている。

「本当かい?」

「私が貴方に、嘘を吐いた事がありますか?」

 男の問いかけに、女は間接的な否定を返した。彼女もまた、どこか楽しげな笑みを浮かべている。

 それに不快そうな様子も見せず、男は女に近付くと、そっと彼女の肩を抱き寄せた。

 それは恐らく、男が女を愛しており、そして女もまた男を想っている事を示しているのだろう。2人の顔は幸せを目一杯満喫しているように見える。

 ……その足元に、干からびた死体さえなければ。

「……随分と面白い事になった物だ。7番を倒す程の実力を持つ者がいるとは。そう思わないかい、優樹?」

「ええ、同感ですわ。ルカナン様」

 穏やかな笑みを浮かべ、2人は共に夕日を見た。世界が血色に染まるこの時間帯が、彼らにとって最も愛すべき時間。

 退屈な日常の中で、ほんの少しだけその退屈を忘れさせてくれる一時。

 自分達に刃向かおうとしている存在は、そんな一時すらも退屈に感じさせてくれるのだろうか。

「どこまで私達の敵として立っていられるか……楽しみだね」

「ええ。最後は結局、私達の食事になるのでしょうけども」

「しかし、お気に入りの7番を壊された事は頂けないなあ……」

 そう言う彼らの口からは、白い牙がちらりと覗いていた……


VII・Le Chariot

 タロットカード大アルカナの7番。和名は「戦車」。

正位置……明るく強く生きる事、勝利、援軍

逆位置……恋愛に敗れたり悲しみを味わう、復讐

 作中ではヴァンサン・アンクティル。

 銀色の剣を具現化させて戦う「具現化系能力」。欠点は能力者本人の剣術のスキルが必要になる事。


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