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TAROT  作者: 辰巳 結愛
3/8

XVI:La Maison de Dieu

「実は……俺達2人はこれから、ある化物をぶちのめしに行く予定なんだ」

 自分自身の中にあった混乱を何とか沈めたのか。唐突に承が口火を切った。

 その言葉に、佳菜の眉間にはきゅうっと皺が寄る。しかしそれに気付いていないのか、新吾は承の言葉を継いで口を開いた。

「その化物を放っておけば、間違いなく世界のバランスは崩壊しますから」

 深刻な表情の2人に、佳菜の眉間の皺が更に深くなる。

――大袈裟な話って訳じゃぁ、ないみたいだな――

 心の内でのみ呟き、彼女は先を促すように鋭い視線を承に送る。その視線に答えるように、承は言葉を紡ぎかけ……だが直後、恐る恐ると言う風に彼女に向かって問いかける。

「説明する前に聞きたい。浜名は、化物……吸血鬼、狼男、透明人間、ミイラ、幽霊、雪女……そう言った生き物の存在を、信じるか?」

「…………いるって事は知ってる。そいつらが、架空の生き物で無い事も」

 僅かな沈黙の後に紡いだ言葉は、およそ一般的では無い意見だった。

 だが、実際彼女の言う通りである事を、承も新吾も知っている。

 「化物」や「モンスター」と人間から呼ばれているそれらは、実は人間が思っている以上に、社会に溶け込んでいる。彼らがいると言う事実が、あまり知られていないだけで。

「ならば、良かった。単刀直入に言います。僕達はこれから、ある化物を倒しに行く事になっています。そこで、浜名さんの力をお借りしたいと思いまして」

「……本当に単刀直入だな。と言うか、いきなりすぎるだろ。今会って、それで『手伝って欲しい』なんて」

 新吾の言葉に、微かに苦笑と困惑の表情を浮かべつつ、2人の顔を見やる。

 見られている方は、自分でもいきなりすぎると言う自覚があるらしい。佳菜よりもはっきりとその顔に苦笑を浮かべ、それでも切羽詰ったような声で、今度は承が言葉を続けた。

「確かに、急な頼みだってのは百も承知だ。けど……正直、奴を相手に俺達2人だけじゃ敵わないと知っている。組織の実力者達が、今までに何人も返り討ちにあっているからな」

「正直、今は1人でも多くの仲間と共に行動をしたい、と言うのが本音です」

「……それで、俺に白羽の矢が立ったって訳か」

「ああ。それに、相手の能力をコピーして使うって言う君の能力は、奴に対して充分に対抗しうる力だと思ってる」

 承の言葉……正確には、「奴」と言う単語を聞いた途端……佳菜の顔が険しくなった。

 不機嫌そうに細められた目には暗い光が宿り、それまでうっすらと浮いていた笑みは波が引いたように消え失せる。

 まるで、目の前に彼女の敵が存在しているかのように、彼女の放つ空気は冷たく、そして鋭い。自分達に向けられている訳でもないのに、身を切られているような感覚を覚え、2人の背にぞくりと悪寒が走った。

「浜名……?」

「…………別に、正義の味方を気取る訳じゃないし、あんたらの組織に加担するつもりも無いけど……手伝うよ」

「え?」

「俺ってば、『希望の使者』だから」

 険しくなった顔つきを誤魔化すかのように、もう1度佳菜はにっこり笑い……

「よろしく、2人とも。俺のことは『佳菜』で良いから。……そのかわり俺も2人の事はファーストネームで呼び捨てって事で」

 ……こうして、あまりにも唐突に、3人の旅は始まった。幾許かの疑念を、それぞれの胸の内に秘めたまま……



「…………ちょっと待て。何故に小型機?」

 目の前にある小型の飛行機を見て、ボソッと佳菜は呟く。

 喫茶店を出てから数十分後。承と新吾に連れられてやって来たのは、個人が所有するらしい小さな滑走路であった。

「ああ。奴は今、ヨーロッパの北部にいるっていう情報があるからな」

「操縦士は組織から送られてきた凄腕との事ですし、これなら一飛びですからね。ちなみにこの滑走路も、組織の物ですからご心配なく」

「あー、いや、俺が言いたいのはそう言う事じゃなくて。何で普通に小型機出るのかって事が聞きたいんだけど。大体、本当に北欧にいるんなら、一般的な旅客機に乗っていくとかで良いんじゃないか?」

「どこに敵が紛れてるか分らない一般旅客機よりも、組織の小型機の方が安心できるだろ」

「……理解は出来るけど……イマイチ納得できない大体さぁ……」

 未だブツブツと何事か呟きつつも眉間に皺を寄せている佳菜を、2人の青年はかなり強引に飛行機に詰め込み、新吾、承の順で続いていく。端から見ると誘拐しているように見えるのではないかと不安になりながら。

 そうこうしているうちに、小型機はゆっくりと上昇し……

「……おや?」

 しばらくして、何かに気付いた様に身をかがめ、新吾は自分の足元に落ちていたカードを拾う。

「これは……トランプ、ですか?」

「トランプにしちゃあ、妙だろ。マークも数も書かれてないなんてさ」

 新吾が拾ったカードには、数字ではなく変な絵が描かれていた。図柄から言って、どうやら今は上下逆に持っているらしい。

 描かれているのは石造りの建物だろうか。

「ああ、それタローだろ。……っと、日本語じゃあタロットって呼ぶんだっけ」

 ひょいっと佳菜は新吾の持つカードを覗く。その瞬間、彼女の眉間にはこの日何度目かの皺が寄った。

「ええっ!? よりによって『塔』!?」

「え、何? 何か拙いカードなのか、これ?」

「拙すぎるよ。こいつは大アルカナの中でも最悪のカード! おまけにその正位置って事は……『思いがけない人物から窮地に陥れられる』を意味する!」

 警戒を込めた佳菜の声に、2人の顔も蒼ざめていく。

 「思いがけない人物から窮地に陥れられる」。この状況において、その意味を考え……そしてその意味に合う人物を思い浮かべたからか。

 血の気の引いた顔を、2人ほぼ同時に操縦士に向けた瞬間。相手はその顔を醜く歪めると、奇妙な笑い声を上げ始め、叫ぶようにして言葉を放つ。

「今更気付いても遅い! 『御方(おんかた)』からの命により、貴様ら全員、ここで滅してくれる! さあ、我が『崩れゆく塔』に食い殺されるがいい!」

 それと同時に、後部座席の3人の視界が小さな羽虫のような物で埋め尽くされる。個々は小さいが、その鋭い顎は充分に凶器たり得る。しかも数は圧倒的。仮に1匹を落としたとしても、別の無数の虫が彼らの皮膚を食い荒らす。

 その様子を、操縦士はせせら笑いながら見つめているのは、それだけの余裕が彼にあると言う事なのだろう。

「……誰ですか、操縦士は組織から送られてきたから安心しろと言ったのは!?」

『お前だ』

「ああっ。2人同時にそんな冷酷なツッコミを!」

 両脇から冷静に突っ込まれ、一瞬新吾はがくりと項垂れる。その一方で承は自分達を襲っている羽虫達に向け炎を放とうと身構えた。

「燃え尽きろ! 『魔術師』……」

「って駄目ですよ! こんな所で炎なんか使ったら、間違いなく墜落……って言うかその前にエンジンに引火して爆発します!」

「マジか畜生! けどこれじゃ、ジリ貧だぜ! どうするんだよ?」

「どうするって言われても……こうするしか、無いんじゃないのか?」

 慌てふためく男2人に対し、佳菜だけは何故か妙に冷静な声をあげると、するりと窓ガラスの中へと潜り込む。

「成程、『吊られた男』で退避……って佳菜、お前だけそれは卑怯だぞ!」

 納得すると同時に、半ば八つ当たり的に承が怒鳴る。新吾も同じ意見らしく、恨めしげな視線を彼女に送るが……すぐに、彼女の口元に浮かぶ不敵な笑みに気付いたらしい。抗議の声は上げず、静かに彼女の行動を見やる。

 流石に鏡面世界の中までは虫も追ってこられないのか、佳菜を襲っていた虫達は耳障りな羽音を立てながら、近くて遠い場所にいる彼女に向かっては、窓ガラスと言う壁に阻まれて床に落ちていく。

 操縦士も、彼女の行動に何か嫌な物を感じたらしい。どこか焦りを感じさせる仕草で周囲を見回し、彼女の姿を探す。

 しかし自分の放った羽虫の数が多すぎるせいか、後部座席を覗くには視界が暗く、安定していない。すぐに彼女の姿を見失い……そして気付いた。

 ……いつの間にか、佳菜が鏡面の中の副操縦席に座っている事に。

「な……っ!」

「その喉を掻っ捌かれたくなければ、さっさと能力を解除してもらおうか?」

 鏡面に映った彼の喉元には、佳菜が押し当てているナイフがある。

 「吊られた男」の能力は、鏡面の中に入り込むだけでなく、鏡面で引き起こした事象を「こちら側」に反映させる力。つまり……彼女がガラスの中で操縦士に怪我を負わせれば、それがそのまま「こちら側」の操縦士にも反映されるのだ。

 それを知っているらしい。操縦士は忌々しげに「向こう側」にいる佳菜を睨みつけるが、手も足も出ない。悔しげにギリと奥歯を噛みしめ、彼は己の能力を解除した。

「小娘貴様、これを狙っていたのか!」

「まあ、ね。使える物は何で使う主義なんだ。……それじゃあこのまま、目的地まで安全運転でお願いしようか?」

「く……くくっ」

「……おい、何がおかしいんだよ?」

 唐突に、操縦士はその顔を歪め、喉の奥で笑う。それが奇異に思えたのか、承は訝しげに声をかける。新吾もまた、不審そうに眉を顰めて相手を見やる。

 唯一、鏡面世界にいる佳菜だけが、いつもと大して変わらない冷たい視線を送っていた。

 その事に気付いているのかいないのか、操縦士はぐるりと3人を見回すと、あからさまに恐怖に引き攣った顔で声高に叫びを上げた。

「御方が、貴様らに目をつけた。使えぬ駒であった俺を捨て……貴様らは死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬしぬシぬ死ヌゥゥゥゥゥッ」

 狂気と恐怖の両方が混ざった声でそう言った瞬間。操縦士の体が……跡形も無く消失した。

 爆散した訳でも、飛び降りた訳でもない。ただ操縦士がいたその空間だけが何かに食われたようにぽっかりとなくなっていた。

「き……消えた!?」

「……まさか、消されたってのか? あの化け物に!?」

 新吾と承の声に答える者はいない。ただ、なんとなく不穏な空気がその場に流れ……だがそれも、唐突に機体に響く衝撃と共に破られた。

「な、何だよ!」

「恐らく……操縦士がいなくなった事で、コントロールが出来ていない状態になったんです!」

「って事はまさか……」

「このまま行くと……」

『墜落する!?』

 状況を把握した3人が叫ぶ。それと同時に、操縦席に最も近い位置にいた佳菜が、「向こう側」から這い出すようにして操縦桿を握り締めた。

 その顔に、真剣な色を浮かべて。

「佳菜、お前操縦できるのか!?」

「……一応、シミュレーターでやった事はある。……でも」

「『でも』……何です!?」

「………本物の操縦は初めてだ。だから、落ちたらゴメン」

 この際、何故シミュレーター訓練なぞしているのかとか、このタイミングで謝る事にちょっとイラっとしたとか、そんな事はどうでも良い。

 2人の青年は、ただひたすらに彼女の腕を信用するしかなかった。……何しろ、自分達がやれば確実に墜落するのだから。

 永遠とも思える時間の中……彼らが最後に知覚したのは、ドォンと言う派手な音。そして大きな衝撃が、自らの体を駆け抜ける感覚だった。


XVI・La Maison de Dieu

 タロットカード大アルカナの16番。和名は「塔」または「神の家」。

正位置……予期せぬ人物から窮地に陥れられる

逆位置……身の回りの人に降りかかる不幸、投獄

 作中では操縦士。ちなみに出てこないが、名前は「メゾン・イクスト」。

 カミキリムシに似た虫を無数に具現化させ、相手を徐々に切り刻む「具現化系能力」。通常は「暗殺」よりも「拷問」に特化した能力である。

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