Page de Pentacles
「さっきはありがとう。ここは奢るよ。お礼といってはなんだけどな」
「吊られた男」と呼ばれていた男を警察につき渡した後、彼らは警察署近くの喫茶店に入り、青年は彼女にそう言った。
「それじゃあ、コーヒーを」
「食い物頼んでもいいのに……」
「そこまで俺も図々しくない。気持ちだけ受け取るよ、えっと……」
「承。潮原承。能力名は『魔術師』」
名乗ると同時に彼――承は再び鳥の形をした炎を出現させる。
鳳凰を連想させるそれは、くわぁと欠伸にも似た鳴き声を上げ、いっそ愛らしさを感じさせるようなつぶらな瞳で彼女を見つめた。
しかし、彼女の方は承のその行動に心底驚いたらしい。ぎょっとしたように目を見開くと、ぐいと承の肩を引き寄せ、囁いた。
「ちょっ……! こんな人の多い所で……!」
「……? 何慌ててるんだよ。俺みたいな『具現化系能力』は、能力者にしか見えない……能力者の常識だろ?」
慌てた声の少女に対し、きょとんとした顔で返す承。それを聞いた彼女は、承の肩を放すと、何かを納得したような顔でああ、と頷いた。
「……ひょっとして、知らなかったのか?」
「俺が今まで関わってきた『能力者』って奴の中に、そう言う『具現化系』とか呼ばれる者はいなかったから。それに、自分の能力を使ったのも、今日がはじめてだし」
「って事は、ひょっとして最近になって能力に目覚めたクチか?」
「まあ、ね。『能力』って言う物は……確かに最近使える様になったかな」
どこか歯切れ悪く答える彼女の様子に、かすかに不信感を抱く。とは言え、先程は自分を助けてくれた。それに、最近になって特異な力に目覚めたと言うのなら、多少混乱してもおかしくは無い。
そう思い直し、彼は納得したかのような表情で頷いてみせる。
勿論、多少の疑念は残ったままだが。
「……道理で、こっちに君の能力のデータが無い訳だ。それで、早速で悪いんだが、君の名前と能力名を教えてくれるか? 組織に君の事を報告したい」
「……組織……?」
机の上のコースターをひっくり返し、メモ代わりにペンをその上に置く承に対し、彼女は訝しげに相手の顔を見る。
どうやら、組織と言う単語に引っかかったらしい。その表情にははっきりと「面倒臭い」と書かれていた。
それを読み取りながらも、承は慌てたように首を横に振り、弁解の言葉を口にする。
「いや、所属しろとかそんな話じゃないんだ。ただ、さっきの『吊られた男』みたいに自分の能力を悪用する奴がいるからなそれを……」
「それを止めるのが、僕達が属する組織なんです。得たデータを元に、適切な処置を行う。能力者専用の、警察みたいなものを考えて頂ければ結構ですよ」
唐突に、そして承の言葉を継ぐ様に、別の青年の声が承の背後から響く。
――この、声は――
いつ間にそこにいたのか。1人の青年が承の後ろに悠然と立っていた。承や彼女と同い年くらいだろうか。癖の強い承と比べ、真っ直ぐでつややかな黒い髪に、同じく黒い瞳。知的に見えるのは彼がかけている銀縁眼鏡のせいだけではなさそうだ。いかにも優等生然としており、着ている物もどことなく学ランを連想させる詰襟の服。
その彼が、やれやれと言わんばかりの溜息を吐きながら、承の顔を覗き込むようにして言葉を放った。
「……潮原君。いつも言ってるでしょう? 1人で先走らないで下さい」
「鷹塔……テメエ、いつの間に……」
「不本意ながら、僕は君の相棒ですからね。いない方がおかしいんです」
鷹塔と呼ばれた青年は、にっこり笑うと少女の方に向き直ると、ぺこりと頭を下げて自己紹介を始めた。
「はじめまして、お嬢さん。僕は鷹塔新吾と申します。能力は『ダイヤ』。お会いした早々申し訳ありませんが……あなたの実力、試させて頂きますね」
言うと同時に、彼……新吾の後ろに人影のようなものが現れる。それはどこと無く新吾に似ているが、向こう側が透けている所を見ると、どうやらその人影もまた「能力」と言うものなのだろう。
納得混じりに彼女が思った瞬間、その人影が前動作無しに彼女に殴りかかった。「実力を試す」と言われていた以上、恐らくはその「力試し」と言う物なのだろう。
彼女は繰り出された拳を間一髪かわすと、すぐ脇にあった鏡の中へと退避する。
――結構、あの拳は早いな――
「……成程、『吊られた男』と同じ能力という訳ですか。しかし……」
思う彼女とは裏腹に、新吾は納得したように呟きを落とす。それと同時に、人影は彼女のいる鏡を派手にぶち割り、彼女をこちら側に引きずり出さんと、さらにその欠片を粉々に殴り砕いていく。
やがて、このままでは不利と感じたのか、彼女はぽつりと何事かを呟きながらも、鏡の中から飛び出した。新吾は、その瞬間を狙っていたらしい。最初の一撃よりも、更に素早い動きで人影は彼女を殴り飛ばさんと拳を振るった。
「って、よせ鷹塔! 相手は女の子だぞ!? 全力の拳はまずいって!」
「それはそうですが……彼女、最初の一撃を避けました。……本気を出さないと、勝てそうにありません」
「実力を試すって話じゃ無かったのかよ!?」
「いや、まあそうなんですけど。しかし、拳は急に止まりませんよ、潮原君」
思い出したように止める承に、新吾は飄々とそんな事を口にする。だが、その言葉を聞いた刹那。彼女はにっこりと笑い……
「『拳は急に止まらない』。その意見に同感だ。だから……よけろよ?」
「え……?」
「ダイヤ」の放った拳を、再び軽やかな動作でかわしながら言った彼女の言葉に、新吾は訝しげな声を上げる。
かなり本気の拳だったにもかかわらず、彼女はあっさりとかわした。その事にも驚いたが、それ以上に驚いたのは……彼女の「よけろ」と言う言葉。
新吾を殴るつもりなら、彼女自身が殴る必要がある。何故なら、彼女の能力は「吊られた男」と同じ、「反射物に入り込む」だけの物だ。だから、こちらに打撃を与えるには、彼女自身が攻撃してこなければならないはず。
それなのに……何故、彼女の背後に、うっすらと透けて見える人影がいるのか。そして、それの繰り出した拳が、いつの間に自分の鳩尾に入ったのか。
――何だ、今のは!?――
殴られた事で明滅する視界の中、彼は先程見た人影を思い出す。
今、確かに、自分を殴ったのは……
「『ダイヤ』……だって!?」
呻く新吾の代わりと言わんばかりに、承が驚愕の声を上げる。
そう。彼女の後ろに立っているのは、紛う事なく新吾の能力であるはずの物……「ダイヤ」であった。
――まさか、僕のダイヤを操った!?――
一瞬そんな考えが彼の脳裏を過ぎる。だが、殴られたあの時、確かに自分の視界の端には「自分自身の」ダイヤがいた。
何が起こったのか、新吾には理解できない。端で見ていた承ですら理解できないのだから、ある意味当たり前なのかもしれない。この場で、何が起こったのかが理解できているのは、彼女だけだろう。
「結構早いなぁ、この力。あー、一応手加減したつもりなんだけど……大丈夫か?」
「い、今のは……? いえ、あなたは一体……!」
放心したように言う新吾に、彼女は困ったような表情でポリポリと頬を掻き……
「名前は佳菜。浜名佳菜。能力の名前は、そうだな……『Carte Blanche』。日本語では『白い札』って言うのかな」
「……え?」
「相手の能力を、『コピーする』能力。カードに必ず入っている予備の札のように、どの札にもなれる……て事かな」
――他人の力をコピーする能力!? 普通じゃねぇよ、この女――
――一瞬で他人の能力を使いこなせるなんて、この女性……普通じゃない――
承と新吾が同時に思ったとは露知らず、彼女……佳菜はまたしてもにっこり笑う。
「と、言う訳で。さっきはホントごめん、Page de pentacles」
「ぱぐ……なんですって?」
「ん? 意味は、『金貨の小姓』。示すのは学生」
――いや、訳がわからない――
そんな脈絡の無い佳菜の言葉に、2人は心の中でそっとため息をついた……
Page de Pentacles
タロットカード小アルカナ、ペンタクルススート(トランプで言うダイヤ)のページ。和名は「金貨の小姓」。
意味……学生
作中では鷹塔新吾を指す。
能力者にしか見えぬ分身で、殴るなどの格闘能力に秀でている。本来の使い方は、新吾自身に憑依させて、腕力などを上げる「強化系能力」




