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TAROT  作者: 辰巳 結愛
1/8

I:Le Bateleur / XII:Le Pendu

当作品は、過去に一度投稿した物の、諸事情により削除してしまった作品に、加筆・修正を加えた物となっております。


皆様の貴重なお時間、当作品に頂けましたら幸いです。

 1人の少女が、その街に入ろうとした。少女……と言う表現は正確さに欠けるかもしれない。見た目の印象としては17、8歳くらい。「少女」と言うより「娘さん」である。

 風にたなびく長い金髪。風がなければ、腰くらいの長さだろうか。自然な色合いのその金色は、彼女の地毛である証。かすかに西洋風の顔立ちをしている事もあって、彼女にはその金髪がひどく似合っていた。

 そんな彼女が進もうとする街は、夕日の色が反射しているのか……舗装された道路が毒々しいまでの深紅に染まっていた。通りの並びにあるショウウィンドウには、ずいぶんと野暮ったい服を着たマネキン達が立ち並んでいる。

 その色合いと風体に、彼女はかすかな違和感を覚えながらも、一様に紅に染まった道路へ1歩足を踏み出し……ニチャリと言う音と、踏みしめた時の妙な感触に眉を顰めた。しかし次の瞬間、彼女は道路の「紅」の正体に気付く。

 それが大量の血液であると。

 よく見ればショウウィンドウの中で服を着ているのはマネキンではなく息絶えた人間。

 見渡す限り染まった「紅」から察するに、その被害は1人や2人では済まないだろう事は、容易に想像できた。

「……うっ……!」

 物音一つしない中で、彼女の小さな呻きが妙に響く。そして反射的に、1歩その場から後退った。

 その惨劇に何を思うのか、彼女は吊り上がり気味の目尻を更に吊り上げ、不快そうに周囲を見回す。しかし彼女の視界に、動く物は捕えられない。せいぜい、太陽が緩慢な動きで地平線に吸い込まれていくだけだ。

「皆……死んで……?」

 不審気にぽつんと呟きを落とした瞬間。彼女の後ろから、こちらに近付いてくる足音が響いた。

 この異様な空間への不安感からか、彼女はそちらを振り返る。そして、そこに現れたのは険しい目つきで彼女を見ている1人の男だった。

 彼女と同年齢くらいだろうか。短く切られた明るい茶髪に、同じく茶色がかった切れ長の目。しかしその瞳には、烈火の如き意思の様な物を感じ取る事ができる。

 そして彼もまた、この街の惨状に気付いたのだろう。ちぃと1つ舌打ちを鳴らすと、半ば睨むような目で少女を見やり、口を開いた。

「この死体は……君がやったのか?」

「いいや違う。……俺じゃあ、ない」

 刺す様な青年の視線を真っ直ぐに受け止めながら、彼女は臆した様子も無く、ゆっくりと首を横に振って彼の問いを否定する。

 どうやら彼女は自分の事を「俺」と呼んでいるらしい。だがそれに不思議と違和感はない。それは恐らく、彼女が長年の間、自分の事を「俺」と呼んでいた証だろう。

 彼女の言葉を信じたのか、男はふむ、と頷いた。

「らしいな。こんな事して返り血1つ浴びないなんて芸当、無理だ」

「あんた、警察か何か?」

「いや、俺は……」

 苦笑混じりの彼女の言葉に答えようとして、男は何かに気付いたらしい。最初ははっとしたような顔になり、そして直後には緊張感に満ちた、険しい表情に変わった。

 その理由が理解できず、彼女は軽く首を傾げて1歩前に出ようと右足を差し出し……その瞬間、青年が怒声を上げた。

「君、動くな! 今動くと……」

「そこにいる連中のようになっちゃうよぉ」

 青年の言葉を継いだ声は、少女のすぐ後ろ……死体マネキンのあるショウウィンドウの中から男の声が響いた……気がした。

 その声の主を確かめようと、少女は後ろを振り向こうとするが、それよりも先に青年がショウウィンドウに向かって忌々しげに言葉を放つ。

「貴様……『吊られた男』か!」

「ほう? 俺の事を知っているとは。俺もやっと売れてきたらしいなぁ」

 青年の声に答えるように、「ショウウィンドウの男」……「吊られた男」と呼ばれるそいつは、クックと嫌な笑いを混ぜながら答える。

 しかし、彼女には何が起こっているのかわからない。「吊られた男」の方に振り向くべきか、それともこのままじっとしていた方がいいのか。そう問いかけるように青年の方を見るが、青年は何も答えない。

 ただ悔しげに、彼女の向こう側にいるらしい「吊られた男」に向かって視線を送っているだけだ。

「最近、御方に刃向かう連中がいるとは聞いていたが……どうやら貴様もその1人らしいな」

 声が、青年に向かってそう言った。その直後、青年はもう1度だけ、大きな舌打ちを鳴らした。

――まずいな。彼女は完全に捕まっちまってる――

 青年が見ているのは、彼女ではなく「彼女の映ったショウウィンドウ」。その中に映りこんでいるのは、鋭い目つきで睨みつけている彼自身と、少女の後姿。そして……彼女の首筋にサバイバルナイフを突きつけている、「こちら側」には存在しない中年男性の姿だった。

「『吊られた男』。自分の体を反射物の中に潜り込ませ、そこから攻撃するタイプの『能力者』。反射物内で受けた攻撃は、そっくりそのまま現実に……こちら側に存在する物のダメージになる」

「その通りだ。流石によく知っているねぇ。でも、だからどうだと言うのかなぁ? 貴様には万に一つも勝ち目は無いよ。この小娘がいる限りは」

 青年の言葉に、「吊られた男」はショウウィンドウの中で下卑た笑みを浮かべる。映りこんでいる彼女の頬を、そのナイフでひたひたと叩きながら。

 しかしと言うべきか勿論と言うべきか、彼女自身にはその感覚は無い。動いてはいけないのだと分かってはいるのか、微動だにせずに青年を見つめ、彼らの会話に耳を傾けている。

――彼女を人質にとられている以上、俺は下手な手出しはできねーし――

「ほら、どうせ貴様も能力者なんだろぉ? 俺に殺される前に、自分の正体言っときな。墓に刻んでやるからよぉ」

 思う青年とは逆に、己の絶対的な有利を確信しているのか、「吊られた男」は薄く笑ってそんな事を言ってくる。いつもの青年なら、ふざけるなとでも言って断るところだが、今は人質がいる。

 これ以上、無駄な人死には出したくは無い。

 相手に屈する形になる事が悔しいのか、青年はぎりっと歯噛みすると、ゆっくりと右手を振った。同時に彼の周囲に炎が生まれ、徐々にそれが鳥の形になる。

 雄々しく、そしてどこか高貴さすらも感じられるその炎の鳥は、青年の感情とリンクでもしているのか、こちらもまた悔しげにキィ、と一際高い声で鳴いた。

「へぇ? 炎の鳥……って事は貴様、『魔術師』か。そいつぁ良い。貴様には高額の賞金がかかってんだ。稼がせてもらうぜぇ?」

 「吊られた男」が言い、少女の首に当てていたナイフを、ショウウィンドウの中の「魔術師」へと構え直す。

 無力な少女より、先に彼にとって脅威となる「魔術師」の方を先に始末しようと言う意思表示なのだろう。まして「吊られた男」は「反射物の中」と言う、ある意味絶対に誰も手を出す事の出来ない場所に居る。

 勿論、ガラスを割られればこちら側に戻ってくる事になるのだが、そうなればまた別の「反射物」に入り込めば良い。街の中には、到る所に反射物は存在しているのだ。

 思いながら、持っているナイフを「鏡の中の」青年に向かって振りかざした、まさにその瞬間!

「Le Bateleur並びにLe Pendu。コピー完了、だな」

 それまで沈黙を守っていた少女が、口を開いた。その顔には、薄くだが不敵な笑みが浮かんでいる。

 いきなり何を言い出すのかと、青年も……そして「吊られた男」も不審に思ったらしい。彼らの動きが、一瞬だけだが完全に止まる。

 それを待っていたのだろうか。彼女は素早い動きでくるりとショウウィンドウへと振り返ると、そのまま躊躇無くそこへ突っ込み……

 ぶつかる、と青年が思った瞬間。少女の体はぶつかるどころか、逆に吸い込まれるようにして「ショウウィンドウに映る景色の中」へと入っていった。

 その事実に驚いたのだろう。「吊られた男」は青年に向けていたナイフを再び少女に向ける。

 しかし異なるのは、少女のいる位置。彼女は「現実」ではなく、自分のテリトリーであるはずの「反射物の中の世界」に踏み込んでいる。

「ばっ馬鹿な! この中に入れるのは、俺の『吊られた男』と言う能力だけのはずだろぉ! なのに、何故!?」

「ああ。そうみたいだな」

 慌てる相手の声に、彼女は気の無い返事を返す。言葉こそ肯定の物ではあったが、彼女の意識が「吊られた男」に向いていないのは明らかだ。

 あまりにも咄嗟の事過ぎて、「吊られた男」はパニック状態に陥ったのか。ギロリと彼女を睨みつけると、滅茶苦茶に手元のナイフを振り回した。

 元々、「吊られた男」は腕力に自信がある方ではない。むしろ、無いと言っても良いだろう。それ故に、卑怯と言われようが、絶対的な自分のテリトリーの中でのみ戦い、暗殺にも似た方法で邪魔者を殺してきた。

 だからだろうか。真正面から相手と対峙した時の対処法は、いまひとつ頼りない物だった。

「戦い慣れて無いな。隙だらけだよ、アンタ」

 言うが早いか、彼女は相変わらず薄く笑ったまま、「吊られた男」がナイフを持つ手を蹴り上げ、勢いで飛ばされたナイフを奪い取る。

「な……何者だ、貴様ぁっ!」

「さぁね。何者だと思う?」

 そう言うと、彼女は相手の喉……声帯に当たる部分を、躊躇無く切り裂いた。

 しかし綺麗に血管を避けているらしい。血は殆ど出ず、「吊られた男」は「首を切られた」と言うショックでその場でうーんと唸って気絶してしまった。

「……なんだ。結構小心者だった訳か」

 つまらなそうに呟きながら、彼女は「吊られた男」の首根っこを引っ掴んで、ショウウィンドウの中から出る。

 その顔には、疲労も苦労も感じられない。まるで周囲を飛ぶ羽虫を払っただけのようにも見える。

――なんだ、彼女は……!――

 そんな思いが顔に出たのだろうか。少女は彼に苦笑を返し、その辺りに「吊られた男」を放り投げると、ゆっくりと右手を差し出した。

「……殺してないよ。こいつには、罪を償わせなくちゃ。それから、さっきは心配してくれてありがとう、Le Bateleur」

「るば……? ……は? それって俺の事か?」

「だって、『魔術師』なんだろう?」

 にっこり笑う少女に、彼は混乱する。

 ……だがこの出会いが、今から始まる物語の序章である事など、知る由も無かったのである……


I:Le Bateleur

 タロットカード大アルカナの1番。和名は「魔術師」または「魔法使い」。

正位置……意思、手腕、交渉。積極性があり、どんどん物事を進めていける。

逆位置……失敗。ワンマン的であり、自己反省が必要。

 作中では「青年」こと潮原承。

 赤い炎の鳥を具現化させて戦う「具現化系能力者」。

 なお、具現化系能力によって現れた事象(今回の場合は炎)は、一般人にはその痕跡すらも見ることが出来ない。攻撃されれば「燃えている感覚」はあるが、実際には燃えない。


XII:Le Pendu

 タロットカード大アルカナの12番。和名は「吊られた男」。

正位置……英知や直感に優れている。

逆位置……慎重に事を運ぶ、試練が訪れる。

 作中では「男」。名前は無い。(あったはずなのだが、作者自身が忘れる程度のもの)

 反射物の中に自分の体を潜ませて戦う「特殊系能力者」。

 反射物に潜り込み、その中で起こした事象は全て「現実」でも引き起こされる。

(例えば反転世界の中の人間を殺したら、まったく同じ傷が現実世界の人間にもついて死んでしまう)

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