地図と小5の夏休み
小学生の頃に過ごした、田舎の夏休みを思い出しながら書いた短編です。
地図を手に歩き回るだけの話ですが、少しだけ成長の気配があります。
お時間のあるときにどうぞ。
<1章>父からの課題
「すまん、パパは仕事で長めの出張になってしまってな。
パパはひとりだと何にもできないだろう。
だからママにもついてきてもらうんだ。
健太、お前はその間、田舎のじいちゃんちに居ろ。
大丈夫、もう5年生だから、ひとりでも、な」
仕事、仕事。知ってるよ、それ。
でも、納得するかどうかは別のハナシってことも知ってる。
「そうだ、いいものをやろう。
田舎でやることが無いってのもアレだし」
出たー、ニヤリ。
いいものと言われて見せてくるものは、おおむねいいものじゃない。
パパは机の引き出しをがさごそやって、昔っから使ってるようなハンカチを取り出した。
角がすり切れて、ところどころ黄ばんでいる。
ほらね。
「これは地図だ」
広げて見せる。何か書いてある。
直線と曲線、いくつかの×印がかすれた線で描かれている。
×印は全部で5個。
「×印が何かを探して、その様子を絵とメモで表す。
写真は撮ってもいいが、見せるのは絵だ。
写真は綺麗で鮮やかだが、その分、全体が平準化されて、見せたいものを
相対的にぼかしてしまう。
プロなら魅せられるが、所詮は小5、無理ゲーだ」
絵とメモまで読んだ。他は道徳の時間に習ったな、ハラスメント。
「で、その絵とメモをパパに見せてほしい。
パパもしばらく田舎には行ってないからなあ。
そうだな、全部書けてたら映画の国にご招待。
どーだ? ママが証人だ」
「うけ、たまわりもうした」
ママがおどけて言う。今の大河に腰まではまっているらしい。
「これは、そうだな。軍資金だ。
熱中症には気をつけるんだ」
言いながら、パパは小銭入れの中身を全部ひっくり返した。
黄ばんだハンカチに包んで結んで渡してきた。結構ある。
「あっちには『もも次郎』というアイスがある。
棒アイスでな。ちゅーちゅーすると味が無くな…」
今年の夏は決戦だ。ぎゃふんと言わせて…、ぎゃふんって何だろ。
<2章>祖父母の家
「こんにちは、お世話になります」
「いらっしゃい。大きくなって。久しぶりらねえ。
ほら、じいじ」
祖母の出迎え。祖父を呼ぶ。幼稚園の年長組以来か。
「暑っちぇえ中、来たんだすけ、冷っこいモンでもだしてやれいや」
茶の間から、声だけで出迎える祖父。
麦茶とスイカが出てくる。
この麦茶、実は麦ではない。トウモロコシである。
トウモロコシを乾燥させ、軸から外して炒る。
ヤカンで煮だし、台所にある、たにがわからの冷水を引き込んで掛け流しにしたコンクリートの升に漬けて冷やす。ヤカンごと。
その升では、スイカや野菜も冷やす。鮒や鯉がいるのは蚊への対策だ。
釜を升ですすげば、落ちたご飯粒を彼らが食べてくれる。
「何年生になった」、「向こうのみんなはなじら」
祖父の言葉を、ところどころ聞き取れないながらも、ひととおりの世間話を交わす。
そのあとで、祖母に部屋へ案内される。パパが使っていた部屋だ。
布団とスタンド、テレビ。それ以外は何もない。
荷物はみな、蔵--あの白黒のヤツではなく古い離れ--にあるそうだ。
「かせっとれこーだー?、がどっかにあったはずらけど…」
断った。
荷物を置いて、さてどうしようか。パパの宿題かー。まずは聞き込み。
祖母は畑に行ったのか不在、祖父は…いた。何かぴゅーって。
「ゆうごう、夕顔。干したのが、かんぴょう」
巨大なリンゴの様な瓜。あれが"ゆうごう"、漢字だと"夕顔"。
瓜を回転させて刃をあてると、紐状に削られてぴゅー。
まわりを見れば、敷かれた新聞紙や籠にも紐がいっぱい。乾燥させているんだろう。
ちなみにこの辺りでは、かんぴょうは干した山菜などと一緒に戻し、豆腐を加えて醤油仕立ての汁にする。冷めても美味しい。
「じいちゃん、これ知ってる? 地図」
例の布を広げて見せる。
じいちゃん、ニヤリと笑って、
「お前さんの父ちゃんと言わん約束だすけ。ばあばもそうら。
まあ、明りいうちに散歩でも行ってこいさ」
くそー。ニヤリがパパに似てる。
<3章>再会
幼稚園の年長組以来とはいえ、ある程度の記憶は残っている。
玄関の先、2反向こうには用水路がある。
今の時期、田んぼには多くの水が必要だから絶賛激流中だ。落ちたら最期。
隣家はあるが接してはいない。隣家との距離、およそ50m。それでも近い方だ。
川に行くか。
200mほど向こうに杉林がある。林を抜けて、田んぼの間を通っていけば土手に出られる。
ママに連れられて行ったときの記憶を辿れば。
はぐれて泣いていた記憶も同時に再生されるが、そっちは無視する。
林の入口に、自分と同い年くらいの男子が立っている。ガンをつけてきている様だ。
目を合わせずに通り過ぎようとしたら声がかかった。
「健太、らろっか」
名前を呼ばれ、思わず見てしまった。
「もしかして、智夫?」
破顔一笑。
「久々らねっか。夏休みら? いつ来たが?」
彼も川に行くらしい。左手には水中眼鏡とヤスを持っている。
川遊びと言えばカジカ突き。カジカは素揚げにして塩を振る。
思わぬ再会に話も弾む。
到着した河原では、智夫の友達が既に泳いだり突いていたり。
懐かしい顔、新規の顔、男子、女子。智夫のおかげで面通しは無事に。
「ききたいんだけど」
あの元・白ハンカチを取り出して広げる。皆の視線が集まる。
「地図らしいんだけど、わかる?」
皆、ピンと来ていない雰囲気だ。
「ん-、わからん。うちの父ちゃんに訊いてみっか。明日は休みらっけ」
明日の午前中で約束した。
ヤスを借りて突いたが、カジカは一尾も獲れなかった。
<4章>地図の正体
「耕太の子供のが?」
智夫の父親だ。パパの同級生らしい。
「今、何年生ら?」、「耕太…、お父さんはなじら、元気ら?」
ひととおりの世間話のあと、あの元・白ハンカチを取り出して広げる。
「地図らしいんですけど、わかりますか?」
智夫の父親、あれっとした表情。
「ちっと待って。あー、あれらな、はいはい」
何か思い出したらしい。
「これはお前さんのお父さんがやった、夏休みの自由研究らて」
小学生のパパ、想像できん。
あのパパにも、こんな夏があったのか。
「村にある神社とか石碑だとか由緒のありそうなもん、その由来とかまとめてたいや。
そーすっとあれらな。持ってくるすけ、ちっと待ってて」
家に入って数分して戻ってくる。手には地図帳。
「こっちが2年くらい前の地図で、こっちが30年くらい前の地図ら。
10年前頃にバイパスが通ったすけ、昔と今じゃ道は変わってるっけに」
「この地図、貸してもらってもいいですか?」
「いい、いい。持ってけって」
智夫と2人で3つの地図を見比べる。最初に行くのは神社に決定した。
明日の午後に一緒に行く約束をして別れた。
目途が立った。
<5章>調査隊結成
智夫と神社に行った。神舎の絵を描いて、それから由来を知ってそうな人を探す。
絵を描きはじめると、智夫はあちこちでごそごそ、しばらくしていなくなっていた。
絵を描き終わる頃、河原メンバーを連れて戻ってきた。
「提案がある」
智夫は続けた。
「調査を手伝うから、自由研究として共同でやらせてほしい。
たぶん、健太には調査しきれないと思う。
なんでらかというと…」
智夫が合図を送ると、河原メンバーの一人が話し始めた。
「こんがあっちぇーとこにいたらなんぎいなるねっかさ」
その隣に合図。
「あこんちのあんにゃとおじはほんーにのめしこきらてが」
またその隣に合図。
「あっぱんじょのといーっつもあけっぱなしでこんしょったれが」
何を言っているのか、単語の一つも拾えない。
「今の、わかったか? 方言を理解できてないとわからんれ。
昔の由来を知るのは、じさばさだ。あいらの言葉、健太には絶対にわからん。
だすけに、調査兼通訳をおれらでやる。どうら?」
なるほど、わからん。
「智夫は今、ほぼ標準語だよね」
智夫は首を振る。
「標準語をしゃべる相手と大事な話をするときは皆、ほぼ標準語だ。
県民の特性として。ただし、じさばさは違う。
さっきあいらがしゃべったの、意味わからんかったろ。
本物はこんがじゃすまねって」
確かに。毎年困るんだよね、自由研究ネタ。納得して右手を差し出す。智夫が握る。
「この夏の、自由研究は、いただいた」
<6章>自由研究の夏
結果として、協働はうまくいった。
由来を知る者を探すのには手間取ったが、河原メンバーの親の協力を得られた。
呪文同然の言葉は、バイリンガルによる同時通訳で対話のカタチを取れた。
石碑が消えてバイパスに変わっていたのには、目の前が暗くなった。
最終的には役所へ訊きに行き、バイパス工事にあたって移動したことを知った。
役所の休みがカレンダー通りで助かった。
そうしてまとめた結果を皆で共有し、チェックした。
皆の手には『もも次郎』アイス。
ちゅーちゅー吸うのは厳禁だ。白くなって味がなくなる。
あれ、どこかで聞いた覚えが…。
ここから先はこちらと河原メンバー達、それぞれ独自の考察を入れていくことで合意した。
彼らはこの先、草刈りなどをしてきれいにする前後の写真を撮り、ボランティアとしても載せていくらしい。いいじゃん、それ。
午後は智夫と河原メンバー全員と泳いだ。
なんと、初めてカジカを突けた。
明日、ボクは帰る。智夫と河原メンバーは夏休み中の登校日だ。
だからここでお別れをした。また来年。
その後、智夫と河原メンバーの男だけで、神社へ。
自由研究の傍らに見つけ、神社の床下に隠したものを見に。
まあ、アレです、アレ。
翌日は、登校日のおかげで変に湿ることなく、祖父の運転で最寄りの駅--最寄りでも車で30分--へ。
その日、湿っぽかったのは祖父と祖母。また来るよ。
<7章>帰宅と“父さん”
「ただいま。父さん、先に帰ってたんだ?」
例の長めの出張から帰ってきていたらしい。
「みんな元気だったか」
「うん」
「そうか。父さん、か…」
その言い方を、どこか嬉しそうに反芻していた。
スマホを持って父は庭へ。通話の宛先は言うまでも無い。
夕食後は決戦だ。
手書きの絵、調査のメモ、資料用の写真を出す。
河原メンバーという現地調査員との協働、共有したその後は各々で独自の考察。
完璧だ。どうだ、ぎゃふんと言え。
「ぎゃふん」
言った。言うんだ…。
「…よくできているじゃないか。
パパ…父さん、小さい頃この神社の境内から落ちてね、ほら」
と言って、額を見せる。確かに傷っぽいものがある。
「カッコよく飛び降りようとしたんだけど、欄干に足をひっかけてしまってね。
そのままコンクリに、頭から。
ダラダラの血塗れで帰って怒られたよ。
まあ、これで無事、自由研究も終わったことだし。
映画の国へのご招待券獲得だ。おめでとう。
カランカランカラン、ここで更にステップアップチャンス。
何故かここに、パパ…父さんの自由研究があります。
これと比較した考察を入れることで、更に…」
とっておいてあるんだ、そんなの。
「親子二代にわたる感動の自由研究は、史上類を見…」
いや、見る側は引きそうだけど。
「どうだ?」
とりあえず、あずかりはした。
「そういえば、父さんが方言で話すの、聞いたことが無いんだけど」
「標準語の相手と話をするときは皆、ほぼ標準語だ。
県民の特性として、な」
なぜか、ニヤリとドヤりのコンビネーション顔をされた。
父さんは、智夫の言うところの「じさばさ」世代ではなかった。
<終章>自分のもの
さすがに疲れたのだろう、健太は早々に自室へ。
「ねえママ。父さんと呼ぶ様になっていたよ。気付いた?」
「ええ、パパ。父さん、母さんって」
「僕らも呼び方を変えますか」
「そうね、お父さん」
「ああ、母さん」
少し大人びた表情を見せる様になったのは、気のせいではないだろう。
偉そうに言うなら、健太がこの夏、何かひとつでも“自分のもの”を見つけてくれたら。
それだけで十分だと、僕らは思っていた。
しかし時に子は、親の想像など容易く上回る。
寂しくもある。
そう思えるのは、きっと贅沢なのだ。
「えーと、そろそろ二人目を…」
ところで、健太が早々に自室へ引き上げたのは、智夫からLIMEが入ったからだ。
智「神社の床下に隠してたお宝、捨てられちゃったよ」
智[スタンプ:泣き]
健「マジか、許せねえ」
健[スタンプ:怒り]
智「修繕だって」
健「たしかにボロかった」
健[スタンプ:泣き]
まあ、そんなもんだ。
読んでくださり、ありがとうございました。
子どもの頃の夏は、あとから思い返すと妙に静かで、妙に濃いものです。
そんな一瞬を、地図のように辿れたらと思って書きました。
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