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地図と小5の夏休み

作者: qmmkruz
掲載日:2026/06/25

小学生の頃に過ごした、田舎の夏休みを思い出しながら書いた短編です。

地図を手に歩き回るだけの話ですが、少しだけ成長の気配があります。

お時間のあるときにどうぞ。


<1章>父からの課題


「すまん、パパは仕事で長めの出張になってしまってな。

 パパはひとりだと何にもできないだろう。

 だからママにもついてきてもらうんだ。

 健太、お前はその間、田舎のじいちゃんちに居ろ。

 大丈夫、もう5年生だから、ひとりでも、な」


仕事、仕事。知ってるよ、それ。

でも、納得するかどうかは別のハナシってことも知ってる。


「そうだ、いいものをやろう。

 田舎でやることが無いってのもアレだし」


出たー、ニヤリ。

いいものと言われて見せてくるものは、おおむねいいものじゃない。


パパは机の引き出しをがさごそやって、昔っから使ってるようなハンカチを取り出した。

角がすり切れて、ところどころ黄ばんでいる。


ほらね。


「これは地図だ」


広げて見せる。何か書いてある。

直線と曲線、いくつかの×印がかすれた線で描かれている。

×印は全部で5個。


「×印が何かを探して、その様子を絵とメモで表す。

 写真は撮ってもいいが、見せるのは絵だ。

 写真は綺麗で鮮やかだが、その分、全体が平準化されて、見せたいものを

 相対的にぼかしてしまう。

 プロなら魅せられるが、所詮は小5、無理ゲーだ」


絵とメモまで読んだ。他は道徳の時間に習ったな、ハラスメント。


「で、その絵とメモをパパに見せてほしい。

 パパもしばらく田舎には行ってないからなあ。

 そうだな、全部書けてたら映画の国にご招待。

 どーだ? ママが証人だ」


「うけ、たまわりもうした」


ママがおどけて言う。今の大河に腰まではまっているらしい。


「これは、そうだな。軍資金だ。

 熱中症には気をつけるんだ」


言いながら、パパは小銭入れの中身を全部ひっくり返した。

黄ばんだハンカチに包んで結んで渡してきた。結構ある。


「あっちには『もも次郎』というアイスがある。

 棒アイスでな。ちゅーちゅーすると味が無くな…」


今年の夏は決戦だ。ぎゃふんと言わせて…、ぎゃふんって何だろ。



<2章>祖父母の家


「こんにちは、お世話になります」


「いらっしゃい。大きくなって。久しぶりらねえ。

 ほら、じいじ」


祖母の出迎え。祖父を呼ぶ。幼稚園の年長組以来か。


「暑っちぇえ中、来たんだすけ、っこいモンでもだしてやれいや」


茶の間から、声だけで出迎える祖父。


麦茶とスイカが出てくる。

この麦茶、実は麦ではない。トウモロコシである。

トウモロコシを乾燥させ、軸から外して炒る。

ヤカンで煮だし、台所にある、たにがわからの冷水を引き込んで掛け流しにしたコンクリートの升に漬けて冷やす。ヤカンごと。

その升では、スイカや野菜も冷やす。鮒や鯉がいるのはぼうふらへの対策だ。

釜を升ですすげば、落ちたご飯粒を彼らが食べてくれる。


「何年生になった」、「向こうのみんなはなじら」


祖父の言葉を、ところどころ聞き取れないながらも、ひととおりの世間話を交わす。

そのあとで、祖母に部屋へ案内される。パパが使っていた部屋だ。

布団とスタンド、テレビ。それ以外は何もない。

荷物はみな、蔵--あの白黒のヤツではなく古い離れ--にあるそうだ。


「かせっとれこーだー?、がどっかにあったはずらけど…」


断った。


荷物を置いて、さてどうしようか。パパの宿題かー。まずは聞き込み。


祖母は畑に行ったのか不在、祖父は…いた。何かぴゅーって。


「ゆうごう、夕顔。干したのが、かんぴょう」


巨大なリンゴの様な瓜。あれが"ゆうごう"、漢字だと"夕顔"。

瓜を回転させて刃をあてると、紐状に削られてぴゅー。

まわりを見れば、敷かれた新聞紙や籠にも紐がいっぱい。乾燥させているんだろう。

ちなみにこの辺りでは、かんぴょうは干した山菜などと一緒に戻し、豆腐を加えて醤油仕立ての汁にする。冷めても美味しい。


「じいちゃん、これ知ってる? 地図」


例の布を広げて見せる。


じいちゃん、ニヤリと笑って、


「おさんの父ちゃんと言わん約束だすけ。ばあばもそうら。

 まあ、明りいうちに散歩でも行ってこいさ」


くそー。ニヤリがパパに似てる。



<3章>再会


幼稚園の年長組以来とはいえ、ある程度の記憶は残っている。


玄関の先、2反向こうには用水路がある。

今の時期、田んぼには多くの水が必要だから絶賛激流中だ。落ちたら最期。

隣家はあるが接してはいない。隣家との距離、およそ50m。それでも近い方だ。


川に行くか。

200mほど向こうに杉林がある。林を抜けて、田んぼの間を通っていけば土手に出られる。

ママに連れられて行ったときの記憶を辿れば。

はぐれて泣いていた記憶も同時に再生されるが、そっちは無視する。


林の入口に、自分と同い年くらいの男子が立っている。ガンをつけてきている様だ。

目を合わせずに通り過ぎようとしたら声がかかった。


「健太、らろっか」


名前を呼ばれ、思わず見てしまった。


「もしかして、智夫ともお?」


破顔一笑。


「久々らねっか。夏休みら? いつ来たが?」


彼も川に行くらしい。左手には水中眼鏡とヤスを持っている。

川遊びと言えばカジカ突き。カジカは素揚げにして塩を振る。


思わぬ再会に話も弾む。

到着した河原では、智夫の友達が既に泳いだり突いていたり。

懐かしい顔、新規の顔、男子、女子。智夫のおかげで面通しは無事に。


「ききたいんだけど」


あの元・白ハンカチを取り出して広げる。皆の視線が集まる。


「地図らしいんだけど、わかる?」


皆、ピンと来ていない雰囲気だ。


「ん-、わからん。うちの父ちゃんに訊いてみっか。明日は休みらっけ」


明日の午前中で約束した。

ヤスを借りて突いたが、カジカは一尾も獲れなかった。



<4章>地図の正体


「耕太の子供のが?」


智夫の父親だ。パパの同級生らしい。


「今、何年生ら?」、「耕太…、お父さんはなじら、元気ら?」


ひととおりの世間話のあと、あの元・白ハンカチを取り出して広げる。


「地図らしいんですけど、わかりますか?」


智夫の父親、あれっとした表情。


「ちっと待って。あー、あれらな、はいはい」


何か思い出したらしい。


「これはおさんのお父さんがやった、夏休みの自由研究らて」


小学生のパパ、想像できん。

あのパパにも、こんな夏があったのか。


「村にある神社とか石碑だとか由緒のありそうなもん、その由来とかまとめてたいや。

 そーすっとあれらな。持ってくるすけ、ちっと待ってて」


家に入って数分して戻ってくる。手には地図帳。


「こっちが2年くらい前の地図で、こっちが30年くらい前の地図ら。

 10年前頃にバイパスが通ったすけ、昔と今じゃ道は変わってるっけに」


「この地図、貸してもらってもいいですか?」


「いい、いい。持ってけって」


智夫と2人で3つの地図を見比べる。最初に行くのは神社に決定した。

明日の午後に一緒に行く約束をして別れた。


目途が立った。



<5章>調査隊結成


智夫と神社に行った。神舎の絵を描いて、それから由来を知ってそうな人を探す。


絵を描きはじめると、智夫はあちこちでごそごそ、しばらくしていなくなっていた。

絵を描き終わる頃、河原メンバーを連れて戻ってきた。


「提案がある」


智夫は続けた。


「調査を手伝うから、自由研究として共同でやらせてほしい。

 たぶん、健太には調査しきれないと思う。

 なんでらかというと…」


智夫が合図を送ると、河原メンバーの一人が話し始めた。


「こんがあっちぇーとこにいたらなんぎいなるねっかさ」


その隣に合図。


「あこんちのあんにゃとおじはほんーにのめしこきらてが」


またその隣に合図。


「あっぱんじょのといーっつもあけっぱなしでこんしょったれが」


何を言っているのか、単語の一つも拾えない。


「今の、わかったか? 方言を理解できてないとわからんれ。

 昔の由来を知るのは、じさばさだ。あいらの言葉、健太には絶対にわからん。

 だすけに、調査兼通訳をおれらでやる。どうら?」


なるほど、わからん。


「智夫は今、ほぼ標準語だよね」


智夫は首を振る。


「標準語をしゃべる相手と大事な話をするときは皆、ほぼ標準語だ。

 県民の特性として。ただし、じさばさは違う。

 さっきあいらがしゃべったの、意味わからんかったろ。

 本物はこんがじゃすまねって」


確かに。毎年困るんだよね、自由研究ネタ。納得して右手を差し出す。智夫が握る。


「この夏の、自由研究は、いただいた」



<6章>自由研究の夏


結果として、協働はうまくいった。

由来を知る者を探すのには手間取ったが、河原メンバーの親の協力を得られた。

呪文同然の言葉は、バイリンガルによる同時通訳で対話のカタチを取れた。


石碑が消えてバイパスに変わっていたのには、目の前が暗くなった。

最終的には役所へ訊きに行き、バイパス工事にあたって移動したことを知った。

役所の休みがカレンダー通りで助かった。


そうしてまとめた結果を皆で共有し、チェックした。

皆の手には『もも次郎』アイス。

ちゅーちゅー吸うのは厳禁だ。白くなって味がなくなる。

あれ、どこかで聞いた覚えが…。


ここから先はこちらと河原メンバー達、それぞれ独自の考察を入れていくことで合意した。

彼らはこの先、草刈りなどをしてきれいにする前後の写真を撮り、ボランティアとしても載せていくらしい。いいじゃん、それ。


午後は智夫と河原メンバー全員と泳いだ。

なんと、初めてカジカを突けた。

明日、ボクは帰る。智夫と河原メンバーは夏休み中の登校日だ。

だからここでお別れをした。また来年。


その後、智夫と河原メンバーの男だけで、神社へ。

自由研究の傍らに見つけ、神社の床下に隠したものを見に。

まあ、アレです、アレ。


翌日は、登校日のおかげで変に湿ることなく、祖父の運転で最寄りの駅--最寄りでも車で30分--へ。

その日、湿っぽかったのは祖父と祖母。また来るよ。



<7章>帰宅と“父さん”


「ただいま。父さん、先に帰ってたんだ?」


例の長めの出張から帰ってきていたらしい。


「みんな元気だったか」


「うん」


「そうか。父さん、か…」


その言い方を、どこか嬉しそうに反芻していた。

スマホを持って父は庭へ。通話の宛先は言うまでも無い。


夕食後は決戦だ。

手書きの絵、調査のメモ、資料用の写真を出す。

河原メンバーという現地調査員との協働、共有したその後は各々で独自の考察。

完璧だ。どうだ、ぎゃふんと言え。


「ぎゃふん」


言った。言うんだ…。


「…よくできているじゃないか。

 パパ…父さん、小さい頃この神社の境内から落ちてね、ほら」


と言って、額を見せる。確かに傷っぽいものがある。


「カッコよく飛び降りようとしたんだけど、欄干に足をひっかけてしまってね。

 そのままコンクリに、頭から。

 ダラダラの血塗れで帰って怒られたよ。

 まあ、これで無事、自由研究も終わったことだし。

 映画の国へのご招待券獲得だ。おめでとう。

 カランカランカラン、ここで更にステップアップチャンス。

 何故かここに、パパ…父さんの自由研究があります。

 これと比較した考察を入れることで、更に…」


とっておいてあるんだ、そんなの。


「親子二代にわたる感動の自由研究は、史上類を見…」


いや、見る側は引きそうだけど。


「どうだ?」


とりあえず、あずかりはした。


「そういえば、父さんが方言で話すの、聞いたことが無いんだけど」


「標準語の相手と話をするときは皆、ほぼ標準語だ。

 県民の特性として、な」


なぜか、ニヤリとドヤりのコンビネーション顔をされた。

父さんは、智夫の言うところの「じさばさ」世代ではなかった。



<終章>自分のもの


さすがに疲れたのだろう、健太は早々に自室へ。


「ねえママ。父さんと呼ぶ様になっていたよ。気付いた?」


「ええ、パパ。父さん、母さんって」


「僕らも呼び方を変えますか」


「そうね、お父さん」


「ああ、母さん」


少し大人びた表情を見せる様になったのは、気のせいではないだろう。

偉そうに言うなら、健太がこの夏、何かひとつでも“自分のもの”を見つけてくれたら。

それだけで十分だと、僕らは思っていた。

しかし時に子は、親の想像など容易く上回る。

寂しくもある。

そう思えるのは、きっと贅沢なのだ。


「えーと、そろそろ二人目を…」



ところで、健太が早々に自室へ引き上げたのは、智夫からLIMEが入ったからだ。


智「神社の床下に隠してたお宝、捨てられちゃったよ」


智[スタンプ:泣き]


健「マジか、許せねえ」


健[スタンプ:怒り]


智「修繕だって」


健「たしかにボロかった」


健[スタンプ:泣き]


まあ、そんなもんだ。


読んでくださり、ありがとうございました。

子どもの頃の夏は、あとから思い返すと妙に静かで、妙に濃いものです。

そんな一瞬を、地図のように辿れたらと思って書きました。

感想などいただけると励みになります。


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