息子へ向けるバカヤロー
「今度、連休とれたから、一緒に旅行行こうよ」
東京で働く息子から、こんな電話をもらって、すこし考えさせてくれなんて、一旦は保留にしたんだが、シルバー人材で働く仲間に話せば、みんなして、いい息子さんじゃない、遠慮しないで行ってきなと。
「久しぶりだな、親父。すこし太ったんじゃないか? 体に気をつけてくれよ」
結局、お土産期待してるわよ、なんて言われて、俺も長期の休みを貰って、息子と二人旅と洒落込むことになった。
一旦、実家に帰って来た息子は、久方ぶりの再会に嬉しそうにしながら、体を気遣ってくれる。
「バカヤロー、そんな老け込む歳じゃねーよ。だいじょうぶだ」
嬉しい筈なのに、口をつくのは悪態だ。本当にどうしようもない。早くに妻を亡くして、男手ひとつで育てた1人息子、自慢の息子だ。
「仕事は大丈夫なのか、随分と長い休みを貰ったみたいだが」
旅行の日程だけでも、1週間はある。実家に戻ったり、東京に帰る日程含めれば10日近くなると思うが。
「証券会社で働いてるだろ、元々金融系って、纏めて休み取りやすいんだよ。金融庁の働きかけで、長期休暇を取りやすいんだ。まぁ、このところ、反対に働き詰めで、むしろ休み取らなすぎだったからさ、そろそろ休みとらないと、逆に怒られちゃうし」
そんなものなのかと、納得する。商社勤めだった俺にはよく分からないが、息抜きが出来るのは良いことだと、安心する。
息子の運転で走り出す。このまま、目的地まで息子の運転かと思っていたら、駅へと着く。
「お前は俺と似て運転が好きだから、そのまま車で行くと思ってたよ」
思わず、そのまま出た言葉に。それじゃ疲れちゃうしねと、息子は朗らかに笑っていた。
ホームで待っていると、やたらと豪華な電車が入ってくる。運行が開始されるとニュースになった時、一度は乗ってみたいとボヤいたことのあるクルーズトレインだった。
「おっ、おい、まさか、これに乗るんじゃ無いよな」
慌ててそう言った俺に、息子はさも当然と言った風に、そうだよと、一言返してくる。
「バカヤロー、こんな高い列車、いくらだ、自分のぶんは出すから。新幹線の普通車でも良かったろう」
いくら、息子の稼ぎが良いといって、こんな無駄に高い金を払わす訳にもいかない。そう思ったんだが。
「良いんだよ、折角の休み、楽しみたいし、俺も疲れてると、普通車じゃ、腰がキツくてさ。これなら、ゆっくり休めるだろ、客室に檜風呂まであるんだぜ」
俺が腰を痛めてるのを知ってるから、敢えて選んでくれたんだ。バカな息子だ。
「そうか、そうだな」
乗り込むと、中も豪華だ。それでいて嫌味なところ、華美に過ぎるところは無く、落ち着いていて、客室は4人くらいでゆったり寛げる個室で、息子の言う通りに檜風呂まである。
「すごいな、電車の中で檜風呂につかれるなんて」
テンションあがって、年甲斐もなく燥いでしまう。そんな俺を見て、息子がニコニコと嬉しそうにしている。車窓から景色を見ながら、2人で昼から酒を呑み、風呂に入って、アレコレと話をするうちに、あっという間に、目的地へと着いてしまった。
「帰りもこれで帰るからな」
息子に言われて、それは楽しみだと、素直に思ってしまうが。
「あまり、贅沢ばかりすると、身を持ち崩すぞ、バカ」
反対の言葉が口から出る。本当は嬉しいはずなんだが。
「わかってるよ、でも、たまにはさ」
そう言って、舌を出して笑って見せる息子に、立派になったなと、泣きそうになる。すっかり、歳を取ったもんだ。
旅行は楽しかった、あちこちの観光地を巡り、土産も買い、買食いしたり、散策したり、土産の配送の手配やら、次の予定地へのアクセス、行きたいところ、食べたいもの、候補を見せては俺の意見を聞いて、段取りよく、あっという間に整えてくれる。
「おまえ、ツアーガイドが天職じゃないか」
半ば呆れ混じりに言う俺に爆笑する息子と、楽しすぎる旅を満喫する。
妻が亡くなったのは、息子がまだ小学校にあがる前だった。発見の遅れた癌は、治療の甲斐なく、あっさりと妻の命を奪っていった。
嘆き悲しむ暇もなく、俺は忘れ形見の1人息子を立派に育て上げると、仕事に打ち込んだ。家事も育児もで、時間がなく、元より下手な料理はできあいのものばかりになった。
ひもじい思いだけはさせたくない。そう思っても、進学のための費用を考えて、何でも買ってやることは出来なかったし、男手ひとつ、ろくに旅行につれていくことも、遊んでやることも出来なかった。
反抗期はあったが、それでも立派に育って、手元を離れた息子を誇らしくも思う反面、寂しさも、そして、ろくに親らしいことをしてやれなかった後悔もある。
「なぁ、親父、今日の宿に予約取る時さ、好きな食べ物訊かれて、用意してくれるんだって、すごいよな」
息子が嬉しそうに話している。そうか、それはすごいなと、同意しながら、息子がそこまで好きな食べ物に見当がつかなくて、申し訳ない気持ちになる。
ろくに料理だってしてやれなかった。
宿は立派で、老舗の旅館の風情で気分が舞い上がる、息子と2人で館内の雰囲気に浸って、通された部屋には外に面した露天まであった。
「俺さー、親父に似て、風呂も温泉も好きだから、この部屋にしたんだよ」
自慢気にいう息子に、思わず良くやったと、内心でガッツポーズを送ってしまう。
部屋で寛いでいると、夕食の時間となり、料理が運ばれてくる。山海の珍味から、地元の名物料理まで、高級旅館の嗜好を凝らした料理に舌鼓をうっていると、寿司が運ばれてきた。寿司が好きな俺は、ネタはどうかとワクワクして、新鮮そうな大振りなネタに流石は高級旅館と思っていたが、ふと巻き寿司を見て。
「ガリ巻き」
一人言がこぼれ出た。
「おっ、親父、やっぱりわかるか、親父も大好きだもんなー。俺、ばーちゃんのつくるガリ巻きも大好きだけど、親父がつくってくれたガリ巻き、世界で一番好きなんだ」
俺は子供の頃から、寿司のガリが異常に好きだった。お袋が甘酢漬けをつくって、それを巻いてくれたのが、ガリ巻きだった。
「そんな安上がりなもんで喜んでくれるんだから、おまえはいい子だよ」
お袋はそう言って、よく笑っていたが、俺が家を出てからも、お袋はよく、甘酢漬けを送ってくれた。そのまま、酒のアテにしてもいいが、俺は息子にガリ巻きをつくってやったりもした。ばーちゃんのガリ巻き好き、そう言う息子に、下手くそな巻き寿司を悪戦苦闘して作った。俺の数少ない手料理のレパートリーだった。
「あー、やっぱ、こういうとこのガリ巻きは高級な味がするな。美味いけど、親父の潰れたガリ巻きのが好きだわ」
そんなことを言って戯けている息子を見ながら、俺もひとつ食べる。
「うまいな。お袋が死んじまって、随分と作らなくなったが、今度また、作るか」
漬け方なんてわからんから、ガリは買ってくるか、漬け方、覚えて見るか。そんなことを考えながら、息子にも記憶に残る家庭の味があったんだと、何故か涙がこみ上げてくる。
「親父、そんなにサビがしみたか。確かに生寿司のほうは結構サビ効いてるな」
アホなことを言ってすっとぼける息子に、なんでこんな立派に育ったんだかと、妻やお袋に感謝する。
「はやく……」
嫁さん貰え、言いかけて止める。
無粋は無しにしよう。折角、息子が用意してくれた旅だ。楽しまなきゃ、息子孝行ができん。
楽しい旅はあっという間で、いよいよ、来た時と同じ電車に揺られ、帰る時となる。
「ありがとうな、楽しかった」
そう言う俺に、息子は笑いながら。
「楽しんで貰えて良かった。どうせ、今年も忘れてるだろうけど、親父、誕生日おめでとう」
そう言われて思い出す。そういや、毎年、息子だけは祝ってくれるが、その度忘れてる。
男なんて、30も過ぎれば誕生日なんて祝うだけ億劫になるし、興味も無ければ忘れがちで、免許更新の時くらいしか思い出さんが、5年に一度しか自分じゃ意識しないもんを、息子は毎年良く覚えとるもんだ。
「律儀に覚えとって、そういうところはあいつに似たんかな。はぁー、さっさと嫁さん見つけろ、お前なら、誰だって幸せにできる」
言ってから、やっちまったと後悔したが、普段なら、その手の話題は相手がいないと笑う息子が大人しい。
「なぁ、親父、今度、紹介したい人がいるんだ」
その一言に、そうか、いくつだ、仕事は、どんな娘だ、と自分でも驚くほど、矢継ぎ早に言葉が出る。
「焦んなって、今度、ちゃんと連れて来るから。親父、本当にありがとうな、俺は親父みたいな男に今も成りたいと思ってる」
車窓に見える景色が滲む、大丈夫だ、お前は俺よりよっぽどいい男だ。そんな言葉を呑み込んで。
「バカヤロー」
そんな言葉だけが、ボソっと飛び出て、早咲きの桜に吸い込まれていた。
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щ(゜д゜щ)カモーン




