悪役令嬢(中身はポンコツ)に転生したので、婚約破棄されてスローライフを送りたい! ~嫌がらせのつもりが「聖女」と崇められ、挙句の果てに腹黒な側近に外堀を埋められて逃げられなくなりました~
この世界は、乙女ゲーム『七色のティアラを君に』の世界だ。
そして俺の幼馴染である公爵令嬢、ロザリア・ド・ヴェリティは、ヒロインを苛め抜き、最期には国外追放か処刑される運命の「悪役令嬢」である。
……というのが、ロザリア本人の主張だ。
彼女は十歳の頃、熱を出して寝込んだ拍子に「前世の記憶」とやらを思い出したらしい。以来、彼女はせっせと「立派な悪役令嬢になって、円満に婚約破棄されて、田舎で自給自足の生活を送る」という計画を立てている。
現在、放課後の学園中庭。
俺――ロザリアの側近兼、幼馴染のアリスターは、今日も今日とて彼女の「悪逆非道(自称)」を見守っていた。
「……聞きなさい、リリア・エヴァンス! 貴女のような身分の低い者が、第一王子であるエドワード様に馴れ馴れしく近づくなんて、身の程をわきまえなさい!」
扇をバサリと広げ、高笑いを上げるロザリア。
金髪縦ロールを揺らし、いかにも悪役らしい吊り目の表情を作っているが、俺にはわかる。彼女の指先が、緊張でぷるぷると震えているのが。
「ひっ、……申し訳ありません、ロザリア様!」
ヒロインのリリアが涙目で俯く。
よし、悪役っぽいぞロザリア。ここまでは計画通りだな。
「お黙りなさい! 罰として……貴女が持っているその、見るに堪えない不格好なサンドイッチを没収しますわ! そんな貧相なものを食べているから、貴女はそんなにヒョロヒョロなのですわ。没収した代わりに、これを……この私のために用意された、最高級の『特製カツサンド重(三段)』を無理矢理にでも食べさせますわ! さあ、残さず食べなさい! これは命令ですわよ!」
ロザリアは、これでもかと重厚な漆塗りの重箱をリリアに突きつけた。
中には、最高級和牛を贅沢に使った、分厚すぎるカツサンドがぎっしりと詰まっている。
「えっ……? これを、私が……?」
「そうですわ! 残したら、明日もまたもっと豪華なお弁当を無理矢理持たせますからね! 覚悟なさい、おーっほっほっほ!!」
高笑いを残し、ロザリアは足早に去っていく。
俺はため息をつきながら、彼女の後に続いた。
背後からは、「あ、あの……ありがとうございます、ロザリア様……! なんてお優しい方……」というリリアの感動したような声と、周囲の生徒たちの「見たか? ロザリア様は身分の低い彼女の栄養状態を懸念して、あんなに高価なお食事を……」「まさに貴族の鑑だ」という称賛の声が聞こえてくる。
人気のない校舎の影に入った瞬間。
ロザリアは壁に手をつき、ズルズルと崩れ落ちた。
「……アリスター。私、今、すっごく性格悪かったわよね? お弁当を没収して、無理矢理重たいものを食べさせるなんて……。ヒロインの食生活を支配するなんて、立派な悪逆非道よね?」
「……まあ、そうなんじゃないか?」
「よかったぁ……! これでエドワード様との好感度もガタ落ちだわ。自由な隠居生活が近づいてきたわね!」
瞳を輝かせるロザリア。
ダメだ、こいつ。中身がポンコツすぎる。
彼女は前世、日本という国で「お人好しの苦労人」だったらしい。そのせいで、嫌がらせをしようとしても、どうしても相手を気遣う要素が漏れ出してしまうのだ。
本人は「悪いこと」をしているつもりだが、周囲から見れば「ツンデレな聖女」にしか見えていない。その事実に気づいていないのは、世界でただ一人、彼女本人だけだった。
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そして数ヶ月後。
ついに「その時」がやってきた。
学園の卒業パーティー。ゲームにおける、婚約破棄イベントの舞台だ。
会場の中央で、エドワード王子がリリアの腰を引き寄せ、ロザリアを指差した。
「ロザリア・ド・ヴェリティ! 私は貴女の悪行の数々に愛想が尽きた! 本日をもって、貴女との婚約を破棄する!」
会場が静まり返る。
ロザリアは、待ってましたと言わんばかりの表情で(本人は必死に冷徹な顔を作っているが)、優雅に一礼した。
「左様でございますか。……では、私のどのような行為が、その、婚約破棄に値するとおっしゃるのかしら?」
ロザリアは心の中でガッツポーズをしているはずだ。
(さあ、来なさい! リリアさんのお弁当を奪った罪、テストを無理やり満点にさせた罪、毎朝早起きさせて一緒にランニングさせた罪! 全部ぶちまけて!)
エドワード王子が声を張り上げる。
「貴女はリリアに対し、あまりにも過保護……いや、支配的な振る舞いをした! 彼女の昼食を制限し、あろうことか夜まで家庭教師を無理やり付けて勉強させたと聞く!」
会場にざわめきが広がる。
……しかし、それは王子が期待した「非難」のざわめきではなかった。
「……え、リリアさんの成績、学年最下位から一気にTOP10に入ったわよね?」
「夜まで勉強って、ロザリア様が自らお茶を淹れて付きっ切りで教えてたっていう……」
「むしろ教育の母じゃないか……」
王子の側近たちも、どこかバツの悪そうな顔をしている。
だが、王子は止まらない。
「さらに! 貴女は私の騎士団に対し、過酷な訓練を強いた! 『こんなひ弱な男たちに私の背後は守らせられない』と暴言を吐き、魔物討伐の最前線に送り込んだだろう!」
「それは……その、……おーっほっほ! 当然ですわ! 鍛えがいのある……いえ、鍛え直すべきゴミ共でしたから!」
ロザリアが震えながら応戦する。
しかし、騎士団長がたまらず列から飛び出した。
「恐れながら殿下! あの日、ロザリア様にしごかれたおかげで、我ら騎士団の生存率は飛躍的に向上しました! しかも、最前線と言いつつ、ロザリア様は裏でこっそり特級の防御魔法を我ら全員にかけてくださっていたのです! 我らは……我らは、あの方を『戦場の女神』と慕っております!」
会場から「おおお……!」と地鳴りのような歓声が上がる。
ロザリアの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「な、……え? 女神? 私、死ぬほど走らせて、泥水すすらせる勢いでいじめたつもりなんですけど……?」
困惑するロザリア。
そこへ、ヒロインのリリアが駆け寄った。
「エドワード様、もうやめてください! ロザリア様は……ロザリア様は、私に『自立した女性になりなさい。男に頼り切りの人生は脆いわよ』と、涙を流しながら教えてくださったんです! この最高級の辞書も、ロザリア様が『使い古しだからあげるわ』とくださったものですけど、中には全部屋の鍵と……黄金の延べ棒が挟まっていました!」
「それはただの嫌がらせよ! 重たいものを持ち歩かせて肩を凝らせようとしたのよ!」
ロザリアの必死の弁解は、もはや誰の耳にも届かない。
会場の空気は、王子を糾弾する方向へと一気に傾いた。
「エドワード殿下、正気ですか? これほどの聖女を放逐するなど……」
「もし婚約破棄されるなら、我が公爵家が彼女を嫁に迎えたい!」
「いや、うちの国にぜひ国賓として!」
エドワード王子は、民衆と貴族たちの凄まじい眼力に圧され、たじろいだ。
「あ、……いや、……しかし、……彼女は、私に対して『お前の顔はもう見飽きた。さっさと隠居しろ馬鹿王子』と言い放ったのだぞ!?」
それはロザリアの本音(=早く自由になりたい)だったが、周囲にはこう変換された。
「……なんと。殿下の怠惰な姿勢を、身を挺して諫めておられたのか」
「そこまで殿下を想っておられたとは……」
「愛ゆえの苦言……なんと深い慈愛だ」
もはやロザリアに逃げ場はなかった。
彼女は、ガクガクと震えながら、すぐ後ろに控えていた俺の袖を掴んだ。
「……アリスター。……おかしいわ。計算と違う。なんでみんな、そんなキラキラした目で私を見てるの……? 私、今から国外追放されるはずよね? 貧乏な農家として第二の人生をスタートさせるはずよね?」
潤んだ瞳で俺を見上げてくる幼馴染。
俺は、こみ上げる笑いを必死に堪え、彼女の耳元で囁いた。
「残念だったな、ロザリア。お前の『悪役計画』は大失敗だ。……今や、お前はこの国の支持率ナンバーワンの次期王妃候補だよ」
「そんなの嫌ぁぁぁぁ! 自由が、私のスローライフがああああ!」
絶叫するロザリア。
だがその叫びも、「なんと情熱的な愛の叫びか!」と拍手喝采にかき消された。
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数分後。
収拾がつかなくなった会場から、俺はロザリアを抱え上げて脱出した。
バルコニーの影、夜風が吹き抜ける静かな場所で、彼女は俺の胸に顔を埋めてボロボロと泣いていた。
「……もう、おしまいだわ。どこに行っても、みんな私を拝んでくるの。私がいくら『私は性悪よ!』って叫んでも、みんな『ああ、なんて謙虚な……』って感動するの。もう、逃げ場がないわ……」
俺は、彼女の背中を優しく叩いた。
前世の記憶に振り回されて、必死に「悪役」になろうとして、結局誰よりも人を幸せにしてしまった不器用な少女。
「……ロザリア。お前がそんなに今の状況が嫌なら、俺が連れ出してやってもいいけど?」
「えっ……?」
ロザリアが顔を上げる。
「俺は、お前の側近だ。お前がどんなに『悪役』を演じようとしても、その中身がただの甘えん坊で、お人好しの、お菓子が大好きな女の子だってことは、俺だけが知ってる」
「アリスター……」
「王子との婚約が破棄されるのは、確定だろう。あの騒ぎだ、王子の方からお前に合わせる顔がなくなる。……でも、お前を狙う男は五万と現れるだろうな。それが嫌なら……」
俺は彼女の指先に、そっと唇を寄せた。
「俺が、お前を一生、誰も手の届かない場所に閉じ込めて(溺愛して)やろうか? お前が望むスローライフを、俺の領地で叶えてあげてもいい。……もちろん、俺の妻としてだけどな」
ロザリアの顔が、一瞬で茹で上がったように真っ赤になった。
「……、……っ! あ、アリスター! あんた、今、どさくさに紛れて何を……!」
「嫌か?」
「嫌……じゃない、けど……。でも、あんた、私のこと『悪役令嬢』だと思ってたんじゃないの?」
「ああ。世界一可愛くて、世界一優しくて、世界一計画性のない……最高の悪役令嬢だと思ってるよ」
俺が微笑むと、彼女はふいっと顔を逸らした。
しかし、俺の服を掴む手は、離されなかった。
「……じゃあ、責任取りなさいよね。私を、世界一のスローライフに連れていくって……約束しなさいよ」
「仰せのままに、マイ・レディ」
彼女の「悪役」としての物語は、ここで終わった。
そして、俺との「甘すぎる新生活」の物語が、今ここから始まる。
結局、彼女は最後まで気づかないだろう。
彼女を聖女に祭り上げ、王子の婚約破棄を裏で煽り、周囲の評価をコントロールして、彼女を俺のものにするための外堀を埋め尽くしたのは――他でもない、この俺だということに。
本当の悪役は、一番近くにいるものなんだよ、ロザリア。
「……さあ、行こうか。俺たちの『農園』へ」
「ええ……! まずは、最高級のイチゴを植えるんだから!」
夢見るように語る彼女を連れて、俺は夜の闇へと足を踏み出した。
彼女の幸せを守るためなら、俺はいくらでも「裏方」に徹してやるつもりだ。```




