第8話 勇者は、赤い目を見る
村を出てから半日ほど歩いた頃、嫌な予感がはっきりと形になり始めた。
「……道、荒れすぎじゃないか?」
街道の脇に、壊れた荷車が転がっている。
木製の車輪は噛み砕かれたように裂け、地面には乾ききっていない黒い染みが残っていた。
(血……だよな)
自然魔物でも被害は出る。
だが、これは違う。
壊し方が雑で、目的がはっきりしている。
まるで――人を襲うためだけに、邪魔なものを壊したような。
(……嫌な感じだ)
次の村が見えた頃には、その予感は確信に変わっていた。
静かすぎる。
昼間だというのに、外を歩く人がほとんどいない。
代わりに、柵の上や物見台に、武器を持った村人が立っている。
「旅の人か?」
声をかけてきたのは、槍を持った男だった。
「はい。食料を買いたくて」
そう答えると、男は一瞬安堵したような顔をして、すぐに曇らせた。
「……悪いが、今はそれどころじゃない」
「何かあったんですか」
男は少し黙ってから、低い声で言った。
「狼だ。デカいのが、群れで出る」
嫌な予感が、的中する。
「夜になると襲ってくる。もう……何人か、やられた」
(自然魔物じゃないな、これ)
村の中に通され、事情を聞く。
夜ごとに現れる狼型の魔物。数は五、六。
逃げる人を執拗に追い、抵抗する者を優先的に襲う。
「……目は、赤く光っていましたか?」
俺がそう尋ねると、村人たちは顔を見合わせた。
「ああ……暗闇の中でも、はっきり分かるほどにな」
「松明の明かりがなくても、赤く……」
やはり、という思いが胸をよぎる。
「使役魔物というものを、ご存じですか」
その言葉に、村長の表情が強張った。
「……魔族が操る魔物、ですな」
「はい。自然魔物とは違い、命令に従って動きます」
村人たちの顔色が、みるみる悪くなる。
「では……」
「やはり、あれは……」
確信。
(使役魔物だ)
自然魔物と違い、使役魔物は命令に従う。
無駄な行動をせず、効率的に人を狙う。
(魔族が、近くにいる)
背中に冷たいものが走った。
「勇者様……」
いつの間にか、俺の正体には気づいていたらしい。
村長らしき男が、縋るような目でこちらを見る。
「どうか、村を……!」
(いや、いきなり戦えって無理だから)
心の中で即座にツッコミを入れる。
「……少し、様子を見させてください」
そう言うと、村人たちは一斉に息を詰めた。
「様子見、ですか……?」
「はい。敵の数と動きを確認しないと」
(夜の群れ相手とか無理。まず偵察)
内心ではそう思っているだけだ。だが、
「さすが勇者様……!」
「無闇に突っ込まず、被害を抑えるおつもりか……!」
(違うけどな)
この世界、勝手に解釈が進むのが早すぎる。
***
夜。
村の外れ、物陰から森を観察する。
しばらくして――聞こえた。
低い唸り声。
続いて、複数の赤い光。
「……やっぱり」
狼型の魔物。
だが、動きが揃いすぎている。
一匹が止まると、他も止まる。
視線が一斉に村へ向く。
(完全に命令系統がある)
そして、遠く。
はっきりとは見えないが、何かが“指示している”気配。
(魔族か……)
俺は無意識に剣の柄に手をかけ、すぐにやめた。
(まだだ)
ここで飛び出したら、囲まれる。
その時。
一匹の狼が、ふとこちらを向いた。
赤い目が、こちらを捉える。
「……気づかれた?」
気配遮断があるのに...匂いか、音か...!?
次の瞬間、狼が吠えた。
群れが一斉に動く。
「――まずい!」
走り出す狼たち。
考える暇はなかった。
(……やるしかない)
剣を抜き、《剣聖補正》を意識する。
体が、わずかに軽くなる。
(あんまり使いたくないんだけどな……!)
自分が自分じゃないような妙な感覚になるのが怖い。だが使わずにやられてしまうのはもっと怖いので使うしかない。
俺は、狼の群れへと踏み出した。
――その直後。
「え、速っ」
自分でも驚くほど、距離が一気に詰まった。
(スキルとステータス、やっぱおかしいだろ……!)
そんなことを考えながら、剣を振るう。
戦いは、始まったばかりだった。




