第7話 勇者は、お礼は受け取らない(ただし売却はします)
翌朝、村は少しだけ騒がしかった。
昨夜まで村を悩ませていたグレートボアが、森の外れに転がっているのだから当然だろう。
「本当に……倒してくださったんですね」
村長が何度目か分からない確認をしてくる。
「はい。もう大丈夫でしょう。」
それを聞いた村人たちの表情が、一斉に明るくなる。
「なんとお礼をすれば……!」
「金なら少ないが、出せる分は出す!」
「いや、食料を持っていってくれ!」
――来た。
(ここで受け取ったら、後が怖い)
魔王討伐後に「勇者に物資を要求された」とか、「見返りを強要された」と、言われる未来が容易に想像できた。それは勇者処分の理由に使われてしまうだろう。
「いえ、お礼は結構です」
一瞬、空気が止まった。
「ですが……」
「勇者として、当然のことをしただけですよ」
それに、と俺は続けた。
「畑が荒らされて、ただでさえ食料事情が厳しいと聞きました。そんな状況で、食料を受け取るわけにはいきません」
自分で言っておいて、少しむず痒い。
でも、この言い方が一番無難だ。
村人たちは顔を見合わせ、そして感心したように息をついた。
「なんと……」
「私たちのこと考えて...」
「当然のこと、ですか……」
(まあ、後の難癖対策だけどね。)
そんな内心はもちろん口に出さない。
代わりに、倒れたままのグレートボアに視線を向けた。
「ただ、一つだけ提案があります」
「なんでしょう?」
村長が身を乗り出す。
「このグレートボア、村にお売りするという形ではどうでしょう」
「……売る?」
「はい。肉も皮も使えるはずです。処理は大変でしょうが」
村人たちがざわつく。
確かに、冬を前にこれだけの肉は貴重だ。
「もちろん、値段は――」
俺は一瞬、鑑定で見た相場を思い出し――
その数字より、かなり低い金額を口にした。
「……その、これくらいで大丈夫です」
破格もいいところだ。
村長は一瞬呆然とし、それから深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
(これでいいだろう)
金銭のやり取りがあれば、「取引」だ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は受け取った小袋を腰に下げた。
***
村を離れ、少し歩いたところで立ち止まる。
「……さて」
人目がないのを確認してから、ステータスを開いた。
数字を見て、思わず目を見開く。
「……一気に上がってるな」
レベルは数個上昇。
ステータスも軒並み伸びていて、スキルポイントもかなり増えていた。
(グレートボア一体で、ここまで……)
正直、これだけで十分あの村に行った価値があった。
(村から何かを貰う必要はなかったな)
俺にとっては、これが一番健全な“報酬”だった。
スキルポイントの振り分けは、一旦保留。
焦って変なのを取るのは御免だ。
***
その後日、王都にて。
「召喚の儀式の際は、見栄を張るのが大変だったな」
王が、重たい椅子に腰掛けたままぼやく。
「余裕がないというのに、あれほど着飾るとは」
「仕方ありません」
大臣が静かに答えた。
「遠見の水晶で、各国に見られておりましたから。勇者召喚の儀は、国の威信を示す場。みすぼらしくしては、他国に侮られます」
「……そうだな」
王は小さく息を吐いた。
そのとき、扉がノックされる。
「王よ、ご報告が」
「入れ」
使者が一礼し、告げた。
「勇者様が王都から一人で村へ向かわれ、魔物を討伐されたとのことです」
「……一人で?」
王が眉を上げる。
「なんの魔物だ?」
「グレートボアとのことです」
「なに……!」
大臣が思わず声を上げた。
「あの魔物は、大の大人が五人がかりで対処すると言われている危険種……それを単独で?」
王は腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「勇者とは、こういう存在か」
「さすがというべきですな。」
「さらに勇者様は報酬も要求せず、魔物は村へ売却したとか」
大臣が目を細める。
「なるほど……」
「慎重で、私利を求めぬ行動……」
王はゆっくりと頷いた。
「やはり、あの方は――」
***
(……なんか、また厄介な方向に話が進んでそうだな)
そんな予感を抱きながら、俺は次の村へと足を向けていた。
今日はここまで。ここから毎日1話ずつ更新していきます。




