第6話 勇者は、剣が勝手に動く
森の夜は、思った以上に暗い。
月明かりは木々に遮られ、足元はほとんど見えない。村の外れから少し入っただけなのに、空気が一気に変わった気がした。
人を積極的に襲うわけではない自然魔物。
そうだとしても、怖いものは怖い。
――ドンッ!!
地面が揺れた。
いや、揺れたというより、叩きつけられた。
「っ!?」
反射的に顔を上げる。
闇の奥から、二つの赤い光がこちらを睨んでいた。
見つかった!?
気配遮断があるからって近づきすぎたか!?
次の瞬間、木々をなぎ倒しながら、それは突進してきた。
「で、でか――――っ!!」
近くで見ると、その大きさに圧倒される。
馬よりもでかい体躯、丸太みたいな脚、そして牙。
あれに突っ込まれたら、冗談抜きで終わる。
(無理無理無理無理!!)
足がすくむ。逃げようとしても、体が言うことを聞かない。
頭の中が一気に真っ白になる。
――そのときだった。
視界の端に、半透明のウィンドウが開いた。
「……ステータス!」
叫ぶようにして、無意識に画面を操作する。
スキル一覧がずらりと並んだ。
(説明読んでる暇ないって!)
グレートボアは、もう目の前だ。
地面が抉れ、土と石が飛び散る。
俺は剣を握りしめながら、一覧を必死で目で追った。
強そうな名前。
剣に関係ありそうなやつ。
「……これだ!」
目に飛び込んできた強そうなものを、ほとんど反射で選ぶ。
《剣聖補正》
「この名前で強くなかったら詐欺だろ……!」
そんな言葉を発する間もなく、取得を選択した。
――ピン。
【《剣聖補正》を取得しました】
乾いた音と同時に、何かが噛み合った感覚がした。
次の瞬間。
「……え?」
俺の体が、勝手に動いた。
足が前に出る。
剣が自然と構えに入る。
重かったはずの剣が、羽みたいに軽い。
(待って、俺、まだ――)
考えるより先に、体が反応していた。
一歩。
一閃。
風を切る音は、やけに静かだった。
ドサリ、と鈍い音がして、巨大な影が地面に崩れ落ちる。
グレートボアは、もう動かなかった。
「………………」
静寂。
自分の心臓の音だけが、やけにうるさい。
剣を握ったまま、しばらくその場から動けなかった。
「……え?」
倒れた魔物と、自分の手元を交互に見る。
「……今の……」
実感が、ない。
俺が斬った、という感覚は確かにある。
でも、それは「自分の力でやった」というより、
(スキルとステータス、すげえ……)
そんな感想しか出てこなかった。
俺が強い、というより。
この世界のシステムが、俺を強く動かした――そんな感じだ。
(……俺、今まで剣振ったことないんだけどな)
ちょっと前まで、ただの高校生だった。
そんな俺が、一振りであれを倒した。
正直、怖い。
剣聖補正。
名前の通りなら、剣の達人の動きを“補正”するスキルなんだろう。
つまり、俺は何もしていない。
勝手に、最適解をなぞらされた。
「……これ、あんまり使いたくないな」
小さく呟いて、剣を下ろす。
そのとき、森の奥から複数の足音が聞こえてきた。
「……?」
しばらくして、松明の光が見える。
村人たちだ。
グレートボアと俺を見比べ、村人たちはしばらく言葉を失っていた。
「……一人で、これを?」
誰かが、そう呟く。
視線が集まるのを感じて、俺は居心地悪く頭を掻いた。
「いや、その……たまたまです」
本音だった。
すると、年嵩の村人が、はっとしたように俺の顔を見た。
「……まさか」
ごくり、と喉を鳴らす音。
「この強さ……もしや、召喚されたと噂の……勇者様、では?」
「え?」
一瞬、誤魔化そうとして――やめた。
ここで否定しても、話がややこしくなるだけだ。
「……えーと。実は、そうです」
途端に、村人たちの表情が変わった。
「やはり……!」
「勇者様だったのか……!」
「さすがだ……」
ざわめきが広がる。
俺は内心でため息をついた。
(だから、勇者としての英雄ムーブじゃないんだけどな……)
そう思いながら、そっと剣を鞘に戻した。
今日中に7話まで投稿します。




