54 勇者は、魔王と語る
玉座の間は、静かだった。
扉が閉じる音が反響する。
それを合図にしたように、外界の気配が完全に遮断された。
俺と、魔王。
この広間には、その二つの存在しかいない。
魔王は玉座に腰掛けたまま、動かない。
威圧するでもなく、力を誇示するでもなく、ただこちらを見ている。
「完全回復……使ったな」
唐突な一言。
だが、驚きはなかった。
不思議と、見抜かれて当然だと感じた。
「世界の裏側を覗いた者にだけ見える条件だ。四天王をすべて越え、ここまで来た勇者に与えられる、世界の調整機構」
淡々とした口調。
まるで、天候の話でもしているようだ。
「……知ってたのか」
「知っている、というより、理解している、だな」
魔王は、わずかに口角を上げた。
「世界は放っておくと壊れる。だから均衡を保つ仕組みがある。勇者、魔王、四天王……そして条件」
俺は黙って聞く。
ここで口を挟ぐ気にはなれなかった。
「お前は優秀だ、相川恒一」
名を呼ばれ、わずかに眉が動く。
「力だけではない。疑い、考え、選び続けた。その結果が、ここだ」
魔王は玉座から立ち上がった。
一段、また一段と、ゆっくり階段を下りてくる。
「だからこそ、提案がある」
距離はまだ遠い。
だが、空気が一段重くなった。
「どうだ?」
魔王は、はっきりと言った。
「我と手を組まぬか。勇者」
思ったよりも、率直だった。
「四天王をすべて倒すその力は素晴らしい。人間側に戻るには、あまりにも惜しい」
魔王は、両手を広げる。
「共に世界を統べよう。そうすれば──」
声が、低くなる。
「世界の半分を、お主に渡そう」
あまりにも有名な台詞。
どこかで聞いたことのある、王道中の王道。
だが、不思議と笑えなかった。
(……本気だ)
冗談でも、時間稼ぎでもない。
魔王は、真剣に俺を『戦力』として見ている。
「人間に戻れば、どうせ疎まれる。勇者の力は危険だ、と恐れられる」
胸の奥が、わずかに疼く。
「だが、こちらに来れば違う。力は力として扱われる。疑われることも、裏切られることもない。皆が、力のあるものに従う。」
魔王は、俺を見据えた。
「生き残れるぞ。恒一。」
一瞬。
本当に一瞬だけ、迷いがよぎる。
だが――俺は、ゆっくりと首を振った。
「悪いけど」
声は、思ったよりも落ち着いていた。
「俺は、世界を牛耳りたいわけじゃない」
魔王は、黙って聞いている。
「疑われるのも、利用されるのも、正直うんざりだ。でもな……」
剣の柄に、手をかける。
「それ以上に、誰かの上に立つのは性に合わない」
魔王の目が、わずかに細くなった。
「それに」
一歩、前に出る。
「お前と組んだら、絶対あとで『やっぱ勇者危険だから消そう』ってなるだろ」
一瞬。
玉座の間に、沈黙。
そして。
魔王は、静かに笑った。
「……信じられぬ、か。ならば、仕方あるまい」
魔王の魔力が、ゆっくりと広がる。
嵐の前の静けさのように、静かで、重い。
「ここで終わらせよう、勇者、相川恒一。我は魔王、アルバ・レウスなり。」
俺は、剣を抜いた。
刃が、澄んだ音を立てる。
「望むところだ。俺は相川恒一。アルバ、お前を倒すためにやってきた。」
視線が噛み合う。
次の瞬間、魔王が踏み出す。
それが、この世界の結末を決める戦いの幕開けだった。




