52 勇者は、最後の四天王を見送る
通路に静寂が落ちた。
影の者との戦いが終わり、漂っていた闇も完全に消え去っている。
残っているのは、崩れた床と、血の匂いと...そして、俺とラザルだけだった。
「さて……」
ラザルが、かすれた声で言った。
「じゃあ……影の者との戦いは……終わったから……」
その瞬間だった。
ラザルの表情から、笑みが消えた。
膝をついたまま、ゆっくりと顔を上げる。
その視線が、真っ直ぐ俺を射抜く。
「僕と君との、決着をつけようか」
「……は?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「な、何言ってるんだよ」
言葉の意味が、すぐに理解できなかったわけじゃない。
でも、理解したくなかった。
「勘違いしてもらっちゃ……困るよ」
ラザルは、淡々と続ける。
「僕からすれば、君は敵だ。影の者の方が厄介だったから、共闘しただけで……」
血を吐きながら、息を整える。
「そいつがいなくなった以上、僕らが戦うのは……当然だろ?」
「戦うって……」
言っている意味は、わかる。
理屈も、立場も、わかる。
でも――
俺はラザルの体を見る。
胸を貫かれ、胴には大きな穴。
体中から血を流し、今にも倒れそうな状態だ。
正直、生きているのが不思議なくらいだった。
「お前は……情報担当なんだろ」
俺は、静かに言った。
「戦いは専門外のはずだ」
ラザルは、わずかに口角を上げた。
「戦いが得意じゃない、ってことは」
一拍置いて。
「戦わない理由には、ならないんだよ」
そう言って、ラザルは腕を俺に向けた。
……無茶だ。
ラザル自身も、わかっているはずだ。
この状態で俺と戦っても、勝ち目なんてない。
俺だって満身創痍だ。
だが、今のラザルに負けるほどじゃない。
「何が……お前をそこまでさせるんだ」
思わず、聞いていた。
ラザルは少しだけ考え、そして答えた。
「何が……か」
かすれた声で、しかしはっきりと。
「しいて言うなら……誇り、かな」
ラザルは続けて言う。
「魔族として……四天王として……魔王様の部下としての、誇り」
チクリ、と胸が痛んだ。
誇り。
俺は、勇者として誇りある行動をしてきただろうか。
生き残ることばかり考えて、疑って、逃げ道を探して。
勇者としての誇りなんて、二の次だったかもしれない。
ラザルは、血に濡れながらも、堂々と言った。
「さあ……勇者...。僕こそが、四天王最後の一人」
深く息を吸い、名乗る。
「『情報』を司る……ラザル=メルディアだ」
その瞳は、曇っていなかった。
「魔王様のところへ行きたければ……僕を倒していきな」
俺は、剣を握り直す。
やるせない気持ちのまま、それでも──構えた。
「俺は……勇者、相川恒一だ」
声が、少しだけ震える。
「魔王を倒すために……ここまで来た」
そう名乗った直後、ラザルの腕から紫色の魔弾が放たれた。
……弱い。
速度も、威力も、並の魔族以下。
俺は一歩、横に動くだけでそれをかわす。
続けて、もう一発。
さらにもう一発。
どれも同じだ。
小細工も、特殊な能力も、罠もない。
ただの魔弾。
すべてを避けきった、その瞬間。
「……はは」
ラザルが、血を吐いた。
そして、前のめりに倒れる。
「やる……ね……」
それを最後の言葉に。
ラザル=メルディアは、動かなくなった。
俺は、しばらくその場から動けなかった。
敵だった。
間違いなく、敵だった。
それでも──
(誇り、か……)
胸の奥に、重いものが残る。
通路の先。
巨大な扉が、静かに待っている。
玉座の間。
魔王が、そこにいる。
俺はラザルに背を向け、ゆっくりと歩き出した。
次が――最後だ。




