50 勇者は、絶望から抜け出す
天井にある黒い結晶。
闇の中心。
(あれを……壊す)
わかっている。
あれを壊すのが、唯一の勝機。
だが――
遠い。
体が、言うことを聞かない。
膝が震える。
血が、止まらない。
「無駄だ」
影の者が言う。
その声には、先ほどまでの余裕はない。
だがそれでも、焦っている様子はない。
「貴様に、もう動く力は残っていない」
影分身が一体、前に出る。
闇の槍を構える。
(動け……)
動け。
(動け……!)
俺は、歯を食いしばる。
一歩。
踏み出す。
激痛、視界が白く弾ける。
それでも、止まらない。
「なぜだ」
影の者の声。
「なぜ、立てる」
答えは簡単だ。
「……勇者、だからだ」
自分でも、笑える答えだった。
勇者としての振る舞いは、しないつもりだった。
人々に期待されるのが嫌だったから。
でも。
敵しかいないこの場では、少しくらい勇者を名乗ってもいいかもしれない。
それで自分を鼓舞できるなら、いいじゃないか。
影分身が突っ込んでくる。
迫る闇の槍。
速い、避けられない。
――いや。
避けない。
肩を、貫かせる。
「が……ッ!」
激痛。
だが、構わない。
分身との距離が縮まる。
剣を振る。
一閃。
分身を斬る。
闇が霧散する。
他の分身とはまだ距離がある。
今のうちに――
結晶を見る。
「やめろ...!」
影の者の声。
初めて、明確な焦りを感じる。
影が伸びる。
だが、もう遅い。
俺は床を蹴り跳ぶ。
全身が悲鳴を上げる。
それでも。
剣を、振り抜いた。
――ガキンッ!!
硬い。
だが、止まらない。
ここで止まっては、すべてが終わる。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
力を込める。
押し込む。
そして――
パキン。
音と共に、ひびが広がる。
そして――砕けた。
黒い結晶が、粉々に。
その瞬間。
世界が、軋む。
闇が、崩壊する。
空間が、割れる。
そして――
光。
城の通路。
元の世界。
絶対影域が――解除された。
「――ぐッ!?」
影の者が膝をつく。
闇が、大きく揺らぐ。
「ば……かな……」
声が、弱い。
明らかに消耗している。
同時に俺の体にも、変化があった。
傷口にまとわりついていた闇が、薄れる。
影侵食の力が、弱まっている。
体が、軽い。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が、戻る。
相変わらず限界寸前だ。
だが、さっきまでの絶望的な重さはない。
影の者が、立ち上がる。
その周囲に、影が集まる。
だが、少ない。
一体。
できた分身は、たった一体だけ。
「……」
影の者が、分身を見る。
そして、俺を見る。
「勇者……」
声には、怒りが滲んでいた。
「よくも……」
分身が、構えを取る。
だがわかる。
弱い。
さっきまでの圧倒的な存在感がない。
それでも、強敵であることに変わりはない。
俺も、剣を構える。
血が、滴る。
だが影の者も、あの空間が破られたことで相当な消耗をしている。
互いに、満身創痍。
まだ終わっていない。
決着は――これからだ。




