48 勇者は、絶望と戦う
闇が蠢いた。
影の者の足元から広がる影が、生き物のように波打つ。
「勇者、お前を殺す」
その言葉と同時に――
来た。地面。
俺の足元の影が、盛り上がる。
(下――!)
反射的に横へ跳ぶ。
直後、さっきまで俺が立っていた場所から、黒い槍が突き上がった。
床を貫き、空間を貫き、天井近くまで伸びる闇の杭。
「……っ!」
速い。
予備動作がほとんどない。
視認してからでは間に合わない。
いや――
(影を見ないと反応できないのか)
影を起点に攻撃している。
なら――
次の瞬間。
右。
横の影が膨らむ。
剣を振るう。
闇の槍と刃がぶつかり、火花の代わりに黒い粒子が弾けた。
重い。
腕が軋む。
押し返せない。
「ちっ……!」
無理やり弾いて距離を取る。
呼吸が乱れる。
まだ、二撃。
それだけで、わかる。
(強い)
ヴァルゼインとは、違う強さ。
あれは、圧倒的な『力』だった。
だが、こいつは――隙がない。
「……」
影の者が、一歩踏み出す。
その瞬間。
影が、分裂した。
「――!?」
一つだった影が、二つに。
三つに。
四つに。
そして――
五つになった。
影の者が、五人。
同じ姿。
同じ気配。
同じ殺気。
(分身……!?)
おそらくは、四体が分身で、本物は一人。
しかも、一体一体が...
(強い……!)
直感が叫ぶ。
どれも本物と同じレベルで危険だと。
次の瞬間。
全員が動いた。
前、後ろ、左右、上。
同時。
(囲まれ――)
囲まれる前に、前に出て剣を振るい、正面の影を斬る。
手応えは浅い。
消えない、本物か?
いや――
どれも本物だ。どれも実体があり、攻撃が当たる。
背後に気配。
振り向くのは間に合わない。
咄嗟に障壁を張る。
黒い刃が、障壁に叩きつけられる。
轟音。
一撃で、ひびが入る。
「ぐっ……!」
押される。
重い。
障壁が割れる。
衝撃。
吹き飛ばされ、床を転がる。
「がっ……!」
肺から空気が吐き出される。
立て。
立て。
無理やり起き上がる。
その瞬間。
また、来る。
影。
全方向。
(速い――!)
剣を振るい一体を弾く。
だが――
残り四体。
回避は間に合わない。
斬撃。
肩を斬られ血が飛ぶ。
「っ!」
痛み。
だが浅い。
まだ動ける。
反撃で剣を突き出す。
影の一体の胸を貫く。
手応え、アリ。こいつが本物だ。
だが――血が出ない。
代わりに。
視界が、ぶれた。
「……?」
目の前にいた影が。
消えた。
違う。
入れ替わった。
後ろに気配。
気づくのが遅かった。斬撃が来る。
背中
熱
血
「がぁっ!」
崩れる。
膝が床につく。
入れ替わった。
分身と、本体が。
(そんな……)
どうやって。
どれが本体だ。
もうわからない。
五体。
全部が敵。
全部が本物。
全部が致命的。
「……遅い」
声。
どこからだ、わからない。
影が、動く。
また来る。
防ぐ。斬る。避ける。
間に合わない。
傷が増える。
血が流れる。
息が荒い。
分身を攻撃して消しても、すぐに復活してくる。
たまたま本体に当たったと思っても、分身と位置が入れ替わり回避される。
このままではただこちらが消耗するだけだ。
五体のうち一体が接近してきた。
斬りはらおうとするが、スルリと抜けて、俺の傷口から体内に入ってくる。
途端に腕が重くなる。
視界が揺れる。
(まずい……)
分身を消費して、デバフをかける技か?
回復したはずなのに。
もう、押されている。
強い、強すぎる。
分身の一体一体はヴァルゼインよりは弱い。
だが、それでも苦戦するレベルではある。
それがこの数。
これまでの敵とは、違う。
「……」
影が、ゆっくりと近づいてくる。
デバフで一体消えたとは言え、それでも本体含めて四体。
円を描くように、包囲。
逃げ場はない。
呼吸が、乱れる。
剣を握る手が、震える。
(勝てるのか……?)
考える。突破口、弱点、攻略法。
だが、思いつかない。
何も勝機が見えない。
分身による位置交換。
影の槍や刃。
デバフ。
隙がない。完璧だ。
どうすればいい、どうやって勝つ。
わからない、思いつかない。
「終わりだ」
影が、一斉に動く。
死を感じる。
その瞬間、俺は理解した。
これは今までの戦いとは違う。
逆転の目が思いつかない。
これまでにない、どうしようもないほど絶望の勝負だ。




