46 勇者は、少し休む
剣を落としたまま、しばらく動けなかった。
指が震えている。
握力が、ほとんどない。
視界の端で、ヴァルゼインの亡骸が横たわっている。
ドラゴンも動かない。
勝った……はずだ。
だが、ここは魔王城だ。
静かすぎる。
それが逆に不気味だった。
あれだけの爆音。
ブレス。
砲撃。
ゴーレムが正面で暴れているとはいえ、気づかれないわけがない。
(……まずいな)
このまま倒れれば、終わる。
俺は歯を食いしばり、剣に手を伸ばした。
重い。
指が閉じない。
両手で柄を包み込み、無理やり持ち上げる。
鞘は腰にある。
震える手で、何度も位置を外しながら――
カチリ。
ようやく納まった。それだけで、全身から力が抜ける。
立てない。
なら這えばいい。
俺は瓦礫を掴み、地面を引きずるようにして壁際へ向かう。
中庭の隅。
崩れかけた回廊の奥に、小部屋が見えた。
物置か、研究室か。
とにかく、死角だ。
誰かが来る前に。
一メートル。
また一メートル。
呼吸が荒い。
背後で、遠くから怒号が聞こえ始めた。
中庭の惨状に気づかれたか。
時間がない。
最後の力を振り絞り、部屋の中へ転がり込む。
足で扉を閉め、壁に手を当て無理やり体を起こし鍵を閉める。
そして床に倒れた瞬間、全身が悲鳴を上げた。
「……ほんの少しだけ……」
休もうとして、目を閉じる。
そのとき。
視界の端に、淡い光。
床に魔法陣。
幾何学模様が、うっすらと輝いている。
そして、その横に紙切れが落ちていた。
震える手で拾う。
そこには走り書き。
『試作品:復活の魔法陣。回復を通り越して復活を果たせるほどの回復陣。しかし偶然の産物のため再現性がなく、試作品のため使用すると壊れる可能性大。量産のため解析をするので使用禁止』
……は?
思わず笑いが漏れた。
「都合が良すぎるだろ……」
罠か?
いや、城の中でそんな小細工をするか??
外の喧騒が大きくなる。
足音、命令の声。
おそらく俺を探している。
選択肢はない。
「壊れる可能性大、か……」
壊れて困るのは、向こうだ。
俺は魔法陣の中央へと這い込んだ。
仰向けになる。
天井がぼやける。
意識が沈みかけている。
なけなしの魔力を、ほんの少し流す。
魔法陣が、強く発光した。
体が浮くような感覚。
痛みが、溶ける。
傷が、熱を帯びて閉じていく。
深く、深く。
意識を落とす。
※※
目を開ける。
呼吸が軽い。
肺が、楽だ。
指を握る。
力が入る。
起き上がる。
痛みがない。
服は破れ、血は乾いている。
だが、体は――嘘のように軽い。
魔法陣を見る。
ひびが走っている。
中心部は砕け、光は消えていた。
一度きり。
本当に、試作品だったらしい。
外を見る。
窓の隙間から差し込む光。
さっきは夜明け直前だった。
今は、空が明るい。
おそらく一時間ほど。
城は大混乱のはずだ。
ゴーレム。
中庭の惨状。
四天王の一角とドラゴンの沈黙。
城の人員は大慌てだろう。
「……今のうちだな」
俺は静かに立ち上がる。
深呼吸。
魔力を巡らせる。
気配を沈める。
音を消す、存在感を薄める。
隠密系スキル、同時展開。
空気に溶ける感覚。
扉へ向かう、廊下の先。慌ただしい足音が横切った。
気づかれない、よし。
俺は音もなく部屋を出る。
まだ終わっていない。
城の奥。
玉座。
魔王。
ここからが、本番だ。
俺は影の中を、静かに進み始めた。




