38 勇者は、地下へ進む
魔王城を目前にして、俺は岩陰に身を潜めていた。
正面門。
高い城壁、巡回する魔族、空を飛ぶ使役魔物。
厳重、という言葉が生ぬるく感じるほどの警戒だ。
(正面突破は無理、っと)
分かりきった結論を胸の中で繰り返しながら、俺は静かにスキルを発動した。
――地獄耳。
音が、歪んで広がる。
風の擦れる音の奥、鎧が触れ合う金属音、そのさらに向こう。
魔族たちの会話が、はっきりと耳に届いた。
「……なあ、聞いたか? 前線の話」
「ああ、また命令が出たってな。最近多すぎるんだよな、城から出撃命令」
「仕方ねぇだろ。ガルドって騎士と、その周りの連中が暴れてるらしいぞ」
俺は、わずかに眉を上げた。
(ガルド……)
あの街の盾役騎士。
真っ直ぐで、勘違いが激しくて、それでも信頼できる男。
あの街が拠点だと言っていたが、前線に移動してきたのだろうか。
「魔法使いもいるらしい。しかも聖女付きだとよ」
「回復付きで前線荒らされるとか、最悪じゃねぇか……」
「おかげで、強い奴らはほとんど城の外だ。討伐、迎撃、牽制……人手が足りねぇ」
別の魔族が舌打ちする音。
「正面は厳重だが、中は手薄。笑えねぇ話だ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は内心で小さく息を吐いた。
(……なるほど)
俺が魔族領を進んでいる間。
あいつらは前線で、きちんと戦争をしていた。
しかも、勇者パーティじゃない。
勇者不在でも、聖女と魔法使いと騎士が前線を押し返している。
おそらく、シーフも活躍しているんだろう。
(俺がいないところで、ちゃんと世界は回ってるってわけだ)
少しだけ、肩の力が抜けた。
そしてやつらの話を聞いて――確信する。
(正面が厳重なのは、俺対策じゃない)
おそらく、威厳や威信、そして牽制のためだ。
人間側が偵察に来た時、まだまだ兵力がいると見せかけるために。
そして実際は、魔王城を守るためではなく、戦線維持のために兵を割いている。
つまり。
(行くなら、敵が少ない今が好機だ)
俺は音を立てずに後退し、城の裏手へと回り込む。
断崖。
そして、その下。
千里眼で確認した、魔力の淀み。
「……ここだな」
俺は地面に手をつき、魔力を流し込む。
土と岩が、ゆっくりと軋む音を立てて動いた。
城へと続く地下への裂け目が、静かに口を開く。
俺は躊躇なく、その闇へと身を滑り込ませた。
地下は、思った以上に広かった。
自然洞窟――ではない。
明らかに人の手が入っている。
(……古いな)
壁には、風化した魔法陣の痕。
かつては防衛施設だったのだろう。
だが今は、ほとんどが停止している。
(魔王城が建つ前のものか……それとも)
俺は慎重に歩を進めながら、魔力感知を広げた。
――反応あり。
だが、魔族や魔物の気配じゃない。
(……魔道具?)
弱く、しかし持続的な魔力。
奥の部屋から漏れ出ている。
俺は剣を抜き、気配遮断を強めながら近づいた。
扉を押し開ける。
そこにあったのは――
「……牢?」
石造りの小部屋。
中央には、壊れかけの魔法陣。
そして、壁際に鎖で繋がれた“何か”。
人影、のようにも見える。
魔力は弱い。
ほとんど消えかけている。
だが、ここは魔王城の地下。
反応が弱くても何があるかわからない。
俺は剣を抜いて近づいた。




