34 勇者は、禁忌を相手にする
禁忌魔法・融合。
その名が示す通り、本来なら決して使われるはずのない魔法だった。
だが、エルシアは躊躇しなかった。
蛇の巨体と溶け合うように、彼女の身体が歪み、引き延ばされ、再構成されていく。銀髪は黒く濁り、背中からは魔力の塊のような鱗が浮かび上がる。腕は人の形を保っているが、その指先には蛇のような節が現れ、皮膚の下で何かが蠢いているのが分かった。
「――足りない……まだ、足りない……」
誰に向けたわけでもない呟き。
次の瞬間、エルシアは自分ごと不可視領域一帯を包み込むように、魔法を放った。
轟音。
視界が白く弾け、空気そのものが焼き切れる感覚が俺を襲う。
「――っ!」
地面が融け、影が蒸発し、不可視領域が維持していた歪みさえも強引に押し潰されていく。防御を張りながらも、俺は一瞬判断を遅らせた。
その一瞬で十分だった。
爆煙の向こう側で、気配が滑るように後退するのを感じる。
「……逃げたか」
魔法が収まった時、そこにエルシアの姿はなかった。
だが、攻撃は止まらない。
不可視領域の外から、圧縮された魔弾が次々と撃ち込まれる。速度が違う。軌道も読みにくい。防御結界が軋み、地面に着弾するたび、破片が弾丸のように飛び散った。
(このままじゃ……)
不可視領域は、今や自分の行動を制限する枠になっていた。
相手が領域内にいないのなら、ただ魔力を消費するだけだ。
俺は歯を食いしばり、魔力の流れを切る。
不可視領域――解除。
空間が元に戻ると同時に、視界が一気に開けた。
「そこか!」
エルシアを見つけた俺は、一気に距離を詰め、剣を振るう。
だが、エルシアの身体は、蛇そのものだった。
地面を蹴ることなく、くねるように軌道を変え、剣先を紙一重でかわす。その動きは予測が難しく、人型の戦闘感覚では追い切れない。
四足歩行の魔物とも違う、初めての動きを前に俺の剣は空を切る。
次の瞬間、重い衝撃が腹部を打った。
「――ぐっ!」
拳――いや、鱗に覆われた腕による打撃。
身体が後方へ吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。
(……重い。魔法使いの攻撃じゃない)
立ち上がる前に、上空から魔力反応。
見上げると、エルシアは木の幹を這うように登り、そのまま逆さの姿勢で魔法を撃ち下ろしてきた。
速い。
詠唱の気配がない。
転がるように回避し、地面を抉る魔法の余波を背後に感じる。
次は壁。
次は岩肌。
エルシアは地形を縦横無尽に使い、止まらず、考えず、撃ち続ける。
「……見る……全部……」
ふと、声が聞こえた。
意味をなさない、断片的な言葉。
「違う……そっちじゃ……」
攻撃の精度が高い一方で、動きには一貫性がない。狙いが定まらず、魔法と近接の切り替えも雑になっている。
俺は息を整えながら、その違和感を噛みしめる。
(……混ざってる)
エルシアの意識と、蛇の本能。
どちらが主導権を握っているのか分からない。いや――分かっていないのは、エルシア自身だ。
この状態のエルシアは強い。間違いなく、これまで戦ってきた敵の中でも最上位。
だが...
(今のあいつは、冷静じゃない)
おそらく、蛇と融合したことにより理性が吹き飛んでいる。
本能で動くなら、行動には癖が出る。
衝動で動くなら、誘導できる。
俺は剣を構え直し、わざと一瞬だけ、隙を見せた。
その瞬間、蛇の身体が反応する。
――捕らえる。
その意思だけが、はっきりと伝わってきた。
(……来る)
俺は視線を鋭くし、次の一手を思い描く。
俺の魔力も、もう少ない。
決着の時は、近い。




