26 勇者は、評価を受ける
ヴァルゼインは、魔王城の回廊を静かに歩いていた。
外傷はすでに治癒している。だが、魔力の消耗は完全には戻っていない。あの戦いが、決して軽いものではなかった証だ。
「……勇者、か」
低く呟き、思い返す。
剣の冴え、判断の速さ、そして奇妙な戦術。あのまま魔物の乱入が無く続けていたら勝てたかどうかは怪しい。素早い剣技に魔力干渉、土魔法を使った最後の大技。どれも、勇者が“本気で”戦っていたのは間違いない。
だが。
「それで、互角……だ」
ヴァルゼインは鼻で笑った。
「俺が全力を出し、あちらも全力だった。それでようやく互角。ならば結論は明白だ」
側に控えていた魔族が、言葉を待つように視線を向ける。
「影の者には及ばん。ましてや、魔王様の脅威になる存在ではない」
勇者は強い。
だが、そう聞いて警戒しすぎていたのかもしれない。伝承に踊らされ、期待を過剰に盛られた存在。
「確かに、戦いの才はある。だが――」
ヴァルゼインは歩みを止め、振り返った。
「足りん。力も、経験も、覚悟もな」
影の者を思い出す。
あれは別格だ。単純な力では測れない、絶望そのもの。勇者がそこへ辿り着く未来が、ヴァルゼインには見えなかった。
「警戒は続けろ。だが、過剰に恐れる必要はない」
そう言い残し、ヴァルゼインは回廊の奥へ消えていった。
※※
魔族領の荒野を、俺は歩いていた。
視界の端で魔物が動く。反応が遅い。いや、正確には――俺の動きが、以前より速い。
「……これ」
剣を振る。
風を切る音のあと、魔物が崩れ落ちた。血が地面に染みる前に、次の一体へ距離を詰める。迷いはない。体が、自然に動く。
「覚醒……英雄……」
ステータスに表示された文字を思い出す。
ヴァルゼインと戦った直後に手に入れた力。その差は、はっきりと体感できた。
群れで襲いかかってきた魔物たちは、数分もしないうちに沈黙した。
「……圧勝、か」
息は乱れていない。
魔力も、まだ余裕がある。
ヴァルゼイン戦では、確かにあれが全力だった。
逃げも、温存もなかった。持てるものをすべて使って、ようやく引き分け。
だが今は違う。
「……これ、完全に一段上に行ってないか?」
嬉しさよりも、先に不安が来る。
魔族領を一人で歩き、魔物を蹴散らす勇者。
これを王国が見たら、どう思う?
「……次の脅威、だよな」
魔王を倒した後。
力を持ちすぎた存在。制御できない存在。危険な存在。
だからこそ、勇者専用スキルは取らなかった。
だからこそ、単独で動いてきた。
――それでも。
「……強くなりすぎたか」
立ち止まり、周囲を見渡す。
荒れ果てた大地の向こうに、魔王城の気配が微かに感じられた。
引き返す理由はない。
立ち止まる理由もない。
「行くしかない、か」
処分される未来を警戒しながら、
それでも魔王を倒しに行く。
なんて歪んだ勇者だ。
自嘲気味に息を吐き、俺は再び歩き出した。




