23 勇者は、魔族領に入る
空気が、違った。
魔族領に足を踏み入れた瞬間、そう感じた。
森の色はどこかくすみ、風に混じる魔力が肌にまとわりつく。人族の領域では感じなかった、重たい圧だ。
(ここから先が、本番か)
魔物の気配は多い。
これまでと同じような野生の群れ――いや、違うな。動きが揃いすぎている。
前方、茂みが揺れた。
「……来るな」
次の瞬間、魔物の群れが一斉に姿を現した。
狼型、猪型、見慣れたものも混じっているが、数が多い。十、二十……いや、それ以上か。
「まあ、ここまで来たら避けて通れないよな」
剣を構え、深呼吸する。
――剣聖補正、発動。
身体が軽くなる感覚。
思考より先に、足が動いた。
踏み込み、横薙ぎ。迫ってきた魔物がまとめて吹き飛ぶ。
「おっと……」
背後からの噛みつき。感知スキルで把握していたので半身でかわし、逆手で突き。
刃が通る感触に、もう戸惑いはなかった。
(数は多いけど、統率が雑だな)
使役魔物ではあるが、指揮官がいない。
ただ『魔族領に入った敵を排除しろ』という命令だけが投げられている感じだ。
数分後。
最後の一体が地に伏し、周囲は静寂に包まれた。
「……ふぅ」
剣を下ろし、息を整える。
大きな怪我はなし。魔力の消費も想定内。
(この程度なら、まだ問題ない)
そう思った、その時だった。
――ぞくり。
背筋を、何かが撫でた。
(……なんだ?)
危険察知が、これまでにない反応を示している。
方向は――正面。
森の奥。
そこに、いる。
姿はまだ見えない。
だが、はっきりわかる。
(……格が違う)
これまで戦ってきた魔族とも、明らかに違う。
魔力の質、圧、存在感。そのすべてが、別次元だ。
無意識に剣を握る手に力が入り、額から汗が流れる。
やがて、木々の間から1つの影が現れた。
人型。
だが、纏う雰囲気は人ではない。
「なるほど……本当に一人で来るとはな、勇者」
低く、余裕のある声。
体全体が、自然と強張る。
「その魔力...四天王の一人か?」
相手は、口元を歪めた。
「ほう。名乗る前に、そこまで理解しているか。やはり噂通りだな。単独行動の勇者」
(噂になってるのかよ……)
内心でげんなりしつつ、視線を逸らさない。
「わざわざ出てきたってことは、俺に用があるんだろ?」
「用というより――興味だ」
四天王は、倒れた魔物たちを一瞥する。
「使役魔物を薙ぎ払い、下位の魔族を討ち、なお無傷。勇者は、こうでなくてはな」
その言葉には、敵意よりも、評価が滲んでいた。
「だが、一つ聞かせろ」
四天王が、一歩踏み出す。
その瞬間、空気がさらに重くなる。
「なぜ、お前は単独で来た?仲間も連れず、王国の支援も受けず――命が惜しくないのか?それとも自信という名の自惚れか?」
(命は惜しいに決まってるだろ)
口には出さず、肩をすくめる。
「理由はいろいろあるさ。でも、あんたらを倒すのに、仲間が必要とは思わなかった」
一瞬。
四天王が、目を細めた。
「……面白い」
魔力が、はっきりと立ち上る。
「いいだろう、勇者。その自信がどこまで通じるのか、この俺が直々に確かめてやる」
魔族が、剣を構えた。
それだけで、周囲の魔力が軋む。
「俺の名は――ヴァルゼイン・グラ=バルド。魔王軍四天王が一人。武を司る者だ」
なるほど。
名乗りと同時に、その重みが伝わってくる。
武を司る...その異名は伊達じゃないのがわかる。
俺も、剣を正面に構え直した。
「相川恒一……一応、勇者ってことになってる」
一瞬の沈黙。
ヴァルゼインが、低く笑った。
「なるほど。名に気負いがない。それでいて、この場所まで来た……実に勇者らしい」
(褒められてるのか、それ)
次の瞬間、やつの魔力が爆発的に膨れ上がった。
「では来い、勇者・相川恒一。俺を退けられるなら――魔王城への道をくれてやろう」
剣を握る手に、力を込める。
(……引けないな)
ここから先は、
魔族領の真ん中で行われる、正真正銘の――
四天王との戦いだ。




