21 勇者は、決断をする
ギルドの掲示板前が、やけに騒がしい。
ざわめきの中心にいた職員が、焦った様子で声を張り上げていた。
「確認が取れました! 北東の森から、魔物の群れがこちらへ向かっています! 数は……かなり多い!」
その言葉に、周囲の空気が一気に張りつめる。
前線の街とはいえ、ここまで露骨な大群が来るのはなかなかない。
しかし逃げ出す者はいない。逃げても、次の街が安全とは限らないからだ。
俺も人混みの中で、静かに状況を整理する。
(魔物の群れ……それだけなら、まだいい)
だが、嫌な予感が拭えなかった。
このところの魔王軍は、明らかに動きが変わってきている。小規模な嫌がらせや使役魔物による攪乱じゃない。――街を、面で潰しに来ている。
そのとき、背後から声がした。
「勇者様!」
振り返ると、シーフの青年と聖女が駆け寄ってきていた。
「街の外壁沿いを見てきた。魔物の進行ルート、妙だ」
「誘導されているように見えます。まるで……」
聖女が言葉を濁す。
俺は小さく頷いた。
「指揮官がいる、ってことだな」
二人は息を呑む。
それを肯定するように、シーフが続けた。
「それと、もう一つ。北側の丘……街から死角になる場所で、人影を見た。魔物じゃない。多分、魔族だ」
やっぱりか。
(魔物の群れで街の戦力を引きつけて、その隙に魔族が暴れまわる――)
俺は周囲を見渡した。衛兵たちはすでに配置につき、聖女も治療と支援の準備に入っている。
「聖女さん」
「はい」
「魔物の群れの対応は、任せたい。あなたがいないと、怪我人が出たときにまずい」
聖女は一瞬迷い、それから強く頷いた。
「……わかりました。必ず、こちらは守ります」
シーフが俺を見る。
「じゃあ、北は?」
「俺が行く」
二人の目が見開かれた。
「一人で!?」
「危険すぎる!」
当然の反応だ。
でも――。
「魔族が人を操るタイプだった場合、集団行動は逆に危ない。全員が敵になる可能性がある」
言葉を選びながら、静かに続ける。
「それに、街全体を巻き込むより、俺一人が動いた方が被害は少ない」
周囲の衛兵たちが、息を呑んでこちらを見る。
きっと今の言葉は、自己犠牲的に聞こえただろう。
――実際のところは違う。
(後で何を理由にされるかわからない。被害はできるだけ抑えないと。)
俺はただ、自分が生き残るために、最も安全な選択をしているだけだ。
「……わかった」
シーフが歯を食いしばりながら言った。
「でも、必ず戻ってこい」
俺は軽く手を振り、街の北門を抜けた。
※※
丘の上は、静まり返っていた。
だが魔力探知を使うと、隠す気もないほど濃い反応が一つ。
「……やっぱりな」
闇の中から、拍手が響いた。
「見事だ、勇者。魔物は誘導だということ、そして俺の場所まで見抜くとは」
赤い目をした魔族が、姿を現す。
「街を一つ落とせば、俺の評価も跳ね上がる。四天王候補ってやつだ」
(なんか前にも聞いたなそのセリフ)
内心でどうでもいい感想を抱きつつ、剣を構える。
「だが――」
魔族が口元を歪める。
「ここで俺と戦っていていいのか?街を犠牲にするのか?」
「街は守ってる人がいる」
俺は淡々と答えた。
「街なら心配いらない。お前は、俺が倒す」
一瞬にして魔族の表情が消える。
次の瞬間、魔力が膨れ上がる。
戦闘は短かった。
いや、短く終わらせた。
魔族の動きは鋭かったが、これまでの経験がすべて噛み合う。剣聖補正、状態異常耐性、精神干渉耐性――すべてが、ここに来て無駄なく働いた。
「ば、馬鹿な……!」
最後の一撃を叩き込むと、魔族は霧のように消え去った。
俺は息を吐き、街の方角を見る。魔物の気配も、徐々に薄れていく。
統率を失った魔族なら、時間をかければ問題なく対処できるだろう。
(……これで終わり、じゃないな)
むしろ、始まりだ。
相手は本格的に侵攻を始めた。
俺が各地を回ってレベル上げをしている間にも、守れない街は出てくる。
なら――。
「元を叩くしかない、か」
剣を鞘に収め、踵を返す。
次に向かう場所は、もう決まっていた。
魔族領、魔王城だ。
まだ完璧な準備とは言えないかもしれない。
だがこれ以上被害が広がる前に。俺自身が、終わらせに行く。




