19 勇者は、糸を断つ
剣と魔法がぶつかり合い、夜の塔に火花が散る。
剣聖補正で踏み込み斬りつけるも、魔族は魔法の反動を利用して後ろに下がり避ける。
そこから連続攻撃を仕掛けるが、浅い傷はつけられても致命傷は回避され続ける。
「――ちっ!」
連続攻撃が途切れたところで魔族が後退し、空中に魔法陣を展開する。
放たれた魔弾を、俺は横に転がってかわした。
(強いな……)
前に戦った魔族より、明らかに手応えがある。
剣聖補正がなければ、今のでやられていたかもしれない。
「さすがは勇者……だが!」
魔族が杖を叩きつける。
その瞬間だった。
塔の下、街の方角から──人の気配が、一気に増えた。
「……来たな」
見下ろすと、街の通りに人影が集まっている。
男女年齢ばらばら。だが、全員――虚ろな目をしていた。
「街人を操って……!」
「そうだ。剣を振れば、こいつらが死ぬぞ?」
魔族が嗤う。
胸の奥が、ひやりと冷えた。
(最悪の展開だ)
一般人を犠牲にするわけにはいかない。被害を無視すればこの場は切り抜けられるが、そうなると後々責任問題を押し付けられて詰んでしまう。
どうすればいいかと必死に考えているうちに、街人たちはふらふらとこちらに向かってくる。
そして街人たちが一か所に密集したところで、何か妙なものを感じた。
〈魔力探知〉
街人一人ひとりから、細い魔力の糸が伸びている。
それらはすべて、塔の上――目の前の魔族へと繋がっていた。
(……あ)
理解した。
一本一本は細い。
だが、これだけ集まれば。
(切れる)
ステータスを開く。
【《術式切断》を取得しました】
剣を握る手に、奇妙な感触が走った。
物理的なものではなく、魔力を『掴める』感覚。
「なにを――」
魔族が気づいた時には、遅かった。
俺は剣を振るう。
音はない。
だが、確かな手応えがあった。
ぷつり。
次の瞬間。
街人たちが、一斉に倒れ込んだ。
「な……!? なにをした!?」
魔族が動揺した声をあげる。
「術式を切っただけだよ」
魔族の背後で、赤い魔力の糸が霧散していく。
「ば、馬鹿な……人質を集めたからこそ……」
「そう。集めたから、逆に見えたんだ」
俺は踏み込んだ。
混乱した魔族は、碌に身動きが取れていない。
一閃。
剣聖補正による一撃で、魔族の体が夜風に溶けるように消えた。
――静寂。
しばらくして、街にざわめきが戻る。
「な、何が起こった……?」
「生きてる……?」
操られていた人たちが、次々と正気に戻っていく。
そこへ、騒ぎをききつけた兵士たちが駆けつけてきた。
「ま、魔族は……!?」
「……もういない」
俺がそう言うと、兵士たちは目を見開いた。
「ほ、本当に一人で……?」
「街人を、誰も傷つけずに……?」
(まぁたまたま上手くいっただけなんだけどね。)
心の中でそう思いながら、剣を収める。
「勇者様……ありがとうございます……!」
誰かがそう言ったのを皮切りに、感謝の声が広がっていく。
(……やめてくれ。勇者として期待されると、後が怖い)
勇者だから助けてくれる、何があっても大丈夫。そんな風に思われてしまえば、あらゆる面倒ごとを押し付けられてしまうだろう。
そして一つでも解決できなければ非難を浴びる。どうせそんな展開だ。
そうならないためにも、俺は早々にその場を離れた。
夜の街に戻りながら、内心でため息をつく。
(人質戦法とか、完全に頭から抜けてたな。)
少し考えれば思いつくようなことだったはずだ。
考えが甘かったと言わざるをえない。
だが――。
(術式切断、使えるかも)
この世界で生き延びるため、一つ切り札を手に入れた気がした。
そして同時に、こう思う。
(……魔族と接触するごとに、俺の情報は読まれていくんだろうな。)
様々な手を使って戦う必要があるだろう。
裏のかきあいをしつつ戦いは続いていく。
そんな予感だけが残っていた。




