17 勇者は、諸手を振って歓迎されない
前線寄りの街は、王都とはまるで空気が違っていた。
城壁はあるが、ところどころに応急処置の跡があり、門の周囲に立つ衛兵たちの表情も硬い。活気がない、というより――余裕がない。
「止まれ。身分を」
門番に呼び止められ、俺は素直に名乗った。
「旅の者です。……それと、一応、勇者です」
一瞬、空気が止まった。
「勇者……!?」
門番は声を上げかけ、慌てて口を押さえる。
「……いや、ありがたいことだ。だが、大々的に歓迎はできない」
小声でそう言われ、俺は首を傾げた。
「どうしてです?」
「勇者が来たと知れたら、魔族は本格的に動く」
門番は周囲を警戒しながら続ける。
「今はまだ、直接の襲撃はない。だが勇者が来たなら、街を攻撃してでも勇者をあぶり出そうとするだろう。今の均衡を崩したくないんだ」
(なるほど……)
王都よりも、よほど現実的だ。
「わかりました。目立つことはしません」
「助かる」
門をくぐりながら、俺は街の様子を観察する。
人はいる。だが、どこか落ち着きがなく、視線が泳いでいる者も多い。
嫌な予感がした。
※※
宿と食事を確保したあと、情報収集を始めた。
わかってきたのは、奇妙な共通点だ。
「夜になると、様子がおかしくなる人が出る」
「見回りに行った兵が、何もないところで剣を振り回した」
「仲間を敵だと思い込んで襲いかけた者もいる」
だが――
「魔族が街を襲った、という話は?」
「それはない」
代官らしき男は、苦々しげに首を振った。
「姿は目撃されている。だが、直接手は出してこない。調査をしようとした者が……どんどんおかしくなっていってな」
(精神干渉系、かな)
以前戦った、狼やゴブリンを使役していた魔族。
あいつは王都を孤立させるための動きをしていた。魔族というのは、意外といきなり直接襲ってくるものではないのかもしれない。
(今回は、殴らない代わりに“壊す”タイプか)
「勇者殿」
衛兵隊長が声をかけてきた。
「あなたが来てくれた今こそ、好機だと思う」
周囲の衛兵たちがざわつく。
「残った人員を集め、一気に方をつけよう。魔族の目撃情報は何か所かある。勇者がいれば――」
「いえ、それは危険です」
即座に遮った。
一斉に視線が集まる。
「調査に出た人が、次々におかしくなっているんですよね。人数を増やせば、その分、被害も増えます」
「だが……勇者殿一人で行かせるなど――
「俺一人で行きます」
はっきり言った。
「それなら、仮に何かあっても被害は最小限で済む」
静まり返る広間。
「街の人たちを、これ以上危険に晒すわけにはいきません」
誰かが、息を呑む音が聞こえた。
「……勇者様」
「そこまで、街のことを……」
周囲の空気が、一気に変わる。
(違う、違うんだけどな)
内心で頭を抱える。
(みんなが操られたら最悪だろ。操られてるとはいえ、一般人を斬ったらどうなる?)
そんなことをすれば、魔王を倒したあとに...
(「危険な勇者」「制御不能」って言われて、処分される未来が見える)
それだけは、絶対に避けたい。
「……わかった」
隊長が重く頷いた。
「無理はするな。必ず戻ってきてくれ」
期待と信頼の視線が、痛いほど背中に刺さる。
(勇者らしく振舞うって、疲れるな……)
俺は勇者だとバレないよう、旅人の顔を保ったまま一人夜の街へと踏み出した。
英雄扱いされながら、その実は生き残るために動いているだけの勇者として。




