16 勇者は、拠点を構えない
翌日、俺は街の冒険者ギルドに呼ばれていた。
地下での一件が片付いたあと、特に表立って何かをするつもりはなかったのだが、どうやらそういうわけにもいかなかったらしい。
「コウイチさん、街の役員たちも大変感謝しているようですよ」
カウンター越しに、受付の女性がにこやかに言う。
「……そうなんですか」
正直、反応に困る。俺としては逃げ道を探していただけなのに、たまたま見つけただけだ。
「地下の被害が止まり、夜の行方不明者もあれから出ていません。原因不明だった事件が、一晩で解決したのですから」
(原因不明のまま謎の解決でもよかったんだけどな……)
そんな内心は顔に出さないようにしつつ、適当に相槌を打つ。
「それと――これはまだ広まっていない情報ですが」
受付嬢は声を少し落とした。
「前線寄りの街で、魔族の出現が確認されたそうです」
ぴくり、と背筋が反応する。
「……魔族、ですか」
「はい。使役魔物ではなく、魔族本人とのことです」
来たか。そろそろ表立って動き出す時期ってことかな。
「詳しい情報はまだ少ないですが、街を治めている貴族の兵士たちと戦闘もあったとか。勇者であるあなたなら――」
「行きますよ」
受付嬢の言葉を遮ってそう言う。魔王を倒したけど街がいくつも滅びました、じゃだめだからな。行く必要があるだろう。
受付嬢は少し驚いた顔をしてから、ほっとしたように笑う。
「そう言うと思いました」
(いや、期待されても困るけどね……。あくまでできる範囲でやるだけだから。)
俺は心の中でそう突っ込みつつ、ギルドを後にした。
※※
外に出ると、ちょうどガルドとミレイが待っていた。
「コウイチ」
ガルドが一歩前に出る。
「地下の件、この街に住むものとして改めて礼を言わせてほしい。街の被害を最小限に抑えられた」
「いえ、偶然ですよ」
本音だ。だが、ガルドは首を横に振る。
「偶然でできることではない。地下に潜む危険を察知し、単独で踏み込む判断……並の者にはできん」
(いや、逃げ道探してただけなんだけどな……)
どうやら、説明しても通じる気がしない。
「それでだ、コウイチ」
ガルドは少し言いにくそうにしながら続けた。
「この街を拠点にしないか?」
「……拠点?」
「最近は情勢も不安定だ。勇者がここにいれば、街の守りとしても心強い」
なるほど。
街としては当然の発想だ。
だが――
「遠慮しておきます」
俺は即答した。
「理由を、聞いても?」
ミレイが首を傾げる。
「前線寄りの街で魔族が出たそうです」
二人の表情が引き締まる。
「俺は、そこに行かなきゃいけない。それに――」
少し言葉を選ぶ。
「俺は各地を回るつもりです。一か所に留まると、動きが読まれやすくなる」
ガルドは、しばらく黙り込んだあと、深く息を吐いた。
「……なるほど。敵の目を避けるため、か」
(本当は勇者らしさを求められるのが嫌なだけだけどね)
「さすがだな」
ガルドは苦笑しながら言った。
「力だけでなく、状況を俯瞰して動いている」
その言葉に、ミレイも頷く。
「私たちとは、覚悟が違うんですね」
(そんな大層なものじゃない)
俺は曖昧に笑って、ごまかすことにした。
「また、どこかで会うこともあるでしょう」
「その時は、共に戦えることを願おう」
ガルドはそう言って、拳を胸に当てた。
※※
――ガルドは、相川恒一の背中を見送りながら思う。
強さがある。
判断力がある。
そして、無駄に威張らず、見返りも求めない。
勇者とは、かくあるべき存在なのかもしれない。
「……あの若さで、あれほど背負う覚悟とはな」
彼は知らない。
相川恒一が、ただ「後で面倒になるのが嫌」で動いているだけだということを。
※※
街道を歩きながら、俺は一人でため息をついた。
「前線か……」
魔族本人との戦闘。前回のように、魔物との戦闘よりも厳しくなるだろう。
でも。
(レベリング的には、ちょうどいい……なんて言ったら、怒られるよな)
俺は肩をすくめて、前を向いた。
どうせ、行かなきゃならないなら――
生き残るために、できることは全部やるだけだ。
俺は、そういう勇者だから。




