15 勇者は、勇者らしさを演じる
街での情報収集を始めて、二日目の昼。
俺は相変わらず、酒場や露店を回っては、勇者に関する昔話や、魔王討伐後の記録を探していた。
(……やっぱり、都合のいい話ばかりだな)
「勇者は姫と結ばれた」
「勇者は元の世界へ帰った」
「勇者は国を導いた英雄になった」
どれも聞こえはいい。
けれど、どれも具体性がない。
(王都で広めてる“安心させるための物語”って線が濃厚だな)
そんなことを考えながら路地を歩いていると、聞き覚えのある声がした。
「――おや、勇者さんじゃないか」
振り返ると、そこにいたのはガルドとミレイだった。
昼間の街では、二人とも軽装だ。
「あ、どうも」
軽く手を挙げて応じると、ガルドは少し困ったように頭を掻いた。
「勇者さん、聞いたか?最近この街で妙な異変が起きているって。」
「異変?」
ミレイが続けて言葉にする
「夜になると、人が襲われたり、攫われたりするんです。いまだ犯人が特定できなくて……」
なるほど。
昼間は何も起きず、夜だけか。
「被害者は、夜に外を歩いていた人ばかりです」
「目撃証言も少なくてな。まるで影のように消えるそうだ」
(……なんか嫌な予感するな)
使役魔物の可能性が頭をよぎる。
でも、まだ断定はできない。
「そこでだ」
ガルドが真剣な顔になる。
「今夜から見回りをしようかと思っていてな。勇者さん、もしよければ協力してもらえないか」
――来た。
(断ったら、どうなる?)
別に、義務はない。けど。
(後で「勇者が街を見捨てた」とか言われたら、面倒くさすぎる)
俺は内心でため息をついた。世間体はできる限りよくしておかないと。
魔王討伐後に処分されそうになった時、世間も敵になってしまったらそれこそ逃げ場がなくなる。
「……わかりました。できる範囲でなら」
「助かる!」
ガルドがぱっと表情を明るくする。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」
「あ、はい。恒一です」
「コウイチ……」
「珍しい名前ですね」
ミレイが小さく頷く。
(ああ、これで名前も知れ渡ることになるかもしれないな。)
もう、下手な行動はできない。
※※
夜。
街の灯りが減り、人通りが途絶えていく。
ガルドたちは通りを中心に見回りを始めた。
盾役としては、真っ当な判断だ。
――ただ。
(正面から歩くの、普通に危なくない?)
俺は別の道を見回りすると言って、2人から離れて歩く。
(もし襲われたら、どこに逃げる?)
戦えなくはない。
でも、街中での戦闘はリスクが高い。
(まずは、逃げ道を把握しておくべきだ)
いざという時の逃走経路を確保するため、裏通りへと入った。
人の気配がない場所。
使われていない倉庫。
そして――
「……ん?」
建物の隙間に、古い石段を見つけた。
下へと続いている。
(地下……?)
街の地下構造。
これは完全に想定外だった。
(追われたら、ここに逃げ込めるかもしれない)
そう考えて、俺は周囲を確認し、静かに階段を下りた。
ひんやりとした空気。
湿った土の匂い。
(……嫌な感じ)
その直後。
赤い光が、闇の中で揺れた。
「――っ」
低いうなり声。
(使役魔物……!)
考える暇はなかった。
四足歩行のでかいネズミのような魔物たちが一斉に動く。
俺は即座に剣を抜き、通路を塞ぐ位置に立った。
「来るなら来い……!」
狭い空間。数で押される前に、前列を崩す。
剣聖補正が発動し、身体が自然と動く。
一体、二体。
赤い目が次々と消えていく。
(……ここが当たりだったか。)
最後の一体を斬り伏せたとき、俺はようやく息を吐いた。
(逃げ道探しのつもりが……)
ここ、完全に発生源じゃないか。
そう思っていると声が聞こえてきた。
「下から音がしたぞ!」
「コウイチ!?」
ガルドとミレイが駆け下りてくる。
二人は倒れた魔物を見て、言葉を失った。
「……地下に、潜んでいたのか」
「そして夜だけこっそり上がってきてたんだ……」
ミレイが納得したように呟く。
「最初から、ここだと分かっていたんですね」
「見回りは囮……か」
ガルドが感心したように俺を見る。
(いや、違うけど。)
でも、否定するタイミングは完全に失われていた。
「最善手だったということだな」
「さすが……」
俺は曖昧に笑うしかなかった。
(……ここにいたら、勇者らしさを求められてしまうかもしれないな)
この街、長居はしたくないかもしれない




