第11話 勇者は、ただの旅人ではない
次に辿り着いた村は、これまでより少し大きかった。
街道沿いにあり、行商も通るらしく、人の出入りがそれなりにある。
「ゴブリン、ですか?」
村長の話を聞き、俺はそう確認した。
「ああ。二、三匹ほどだ。昼間に現れてな」
「畑を荒らしたりは?」
「いや、それはない。様子を見るだけ見て、すぐ引いた」
その言葉に、俺は内心で頷く。
(斥候、だな)
狼の時と同じ匂いがする。
食料などは奪わず、距離を保ち、こちらを観察する動き。
「一応、近くの街に兵士の要請は出している。ただ……間に合うかどうか」
村長は苦い顔でそう言った。
「俺も、少し様子を見てきます」
「おお……頼めるのか?」
期待と不安が混じった視線が集まる。
その視線から、そっと目を逸らした。
(……俺は国が望む勇者ってわけじゃない...)
だが、見過ごすわけにもいかない。
***
村の外れ、森へと続く小道の入り口で、俺は立ち止まった。
「……ここから先に、出たんですね?」
「ええ」
答えたのは、案内してくれた村の若い男だった。年の頃は俺とそう変わらないだろう。手には長槍を持っているが、柄を握る指先がわずかに震えている。
「ゴブリンは十匹くらい。奥に、少しデカいのが一匹いました。」
「デカいの?」
「ええ。ほかの奴らに指示を出してるみたいで……」
「なるほど...」
ボス狼と同じか、と思いながら俺は頷き、後ろをちらりと見る。
槍や鍬、猟師用の弓を手にした村の若者が、四人。全員、緊張した面持ちでこちらを見ていた。
(……ついてくるのか)
本音を言えば、あまりおすすめはしない。
赤い目の魔物――使役魔物だ。知性がある以上、何をしてくるか分からない。
「無理そうなら、すぐ下がってください」
「で、でも……」
「大丈夫です。様子を見るだけですから」
そう言って俺は一歩、森の中へ踏み出した。
森の奥は薄暗い。木々の間から差し込む光も弱く、昼間だというのに夜に近い感覚がある。
(人型……人型、か)
狼とは違う。
魔物ではあると頭では分かっていても、心理的な抵抗は段違いだった。
(ちょっと前まで、普通の高校生だぞ俺……)
そう思った、その時だった。
「――ギィッ!」
低く、濁った声。
茂みの奥から、緑色の影が飛び出してくる。
「出たぞ……!」
村人の一人が息を呑む。
ゴブリン。
話の通り、数は多い。左右の木陰から次々と姿を現し、すぐに十匹ほどが視界に入った。
そして、その後ろ。
一回り大きなゴブリンが、腕を組むようにして立っている。
腰には剣らしきもの。鎧の一部には、紋章が刻まれていた。
(……魔族の紋章、だな)
王都で見せてもらった魔族の紋章だ。
そして赤く光る目。間違いない。使役魔物だ。
「ギィ……!」
「来るぞ!」
村人たちが身構える。
――次の瞬間。
ゴブリンたちが一斉に動いた。
「っ……!」
俺は反射的に剣を構える。
(考えてる暇はない!)
剣を強く握り、前に出た。
身体が、勝手に動く。
踏み込み。
斬撃。
――一匹、倒れる。
(え、今の一撃で?)
やはり自分で驚いてしまう強さだ
間髪入れず、二匹目、三匹目。
剣聖補正。
意識しなくても、最適な動きが流れ込んでくる。
「ギッ……!?」
「ギァッ!」
ゴブリンたちが悲鳴を上げる。
後ろからついてきていた村人たちは、完全に動きを止めていた。
「……え」
「な、何だ……?」
俺自身が一番驚いていた。
(数……減るの早すぎないか?)
剣を振った回数より、倒れている数の方が多い気がする。
一振りで二匹倒す。そんな漫画のようなことを実際にできてしまっている。
残り、三匹。
そこで、後方のボスゴブリンが動いた。
「……キサマ」
低く、片言の声。
「ユウシャ……!」
その言葉に、村人たちが凍りついた。
「……今、なんて?」
「ユウシャ...勇者……?」
ボスゴブリンが、剣を抜く。
他のゴブリンとは明らかに違う動きだった。
こちらを観察し、距離を測っている。
踏み込み、剣を振るうが、初撃は避けられる
(……見てたな)
狼の時と同じだ。
群れがやられる様子を見て、対応している。
だが。遅い。
連続で剣を振るう。
残っていたゴブリンたちは、抵抗する間もなく倒れ伏した。
最後に残ったボスゴブリンが、歯噛みする。
「チッ……!」
踏み込んできた一撃を、俺は紙一重でかわす。
一瞬、ヒヤリとした。
しかし、その次の瞬間。
身体が勝手に、最短距離を選んでいた。
剣閃一つ。
ボスゴブリンは、その場に崩れ落ちた。
――静寂。
倒れた魔物たちを見下ろして、俺は小さく息を吐いた。
(結果だけ見れば……無傷の圧勝、か)
でも。
(……こいつも、対応してきたな)
それは、間違いなかった。
「……す、すげぇ……」
背後で、誰かが呟いた。
「ただの旅人じゃ……ない」
「今のゴブリン……勇者って……」
恐る恐る、村人たちが近づいてくる。
「も、もしかして……」
「召喚されたって噂の……勇者様、ですか……?」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
「えーと……まあ、一応」
それだけで、十分だったらしい。
「やっぱり……!」
「勇者様だ……!」
「是非お礼を...!」
歓声が上がりかけるのを、俺は慌てて制した。
「いえ、今回はたまたまです。それに……お礼はいりません」
村人たちが目を丸くする。
「ですが」
「食料だけ、売ってください。お金は、ちゃんと払います」
「え……?」
「いえいえ、差し上げます……!」
首を振る。
「それは、後々困るので」
(何が困るとは言わないけど。難癖をつけられる芽は、最初から摘んでおくに限る)
村人たちは顔を見合わせ、やがて深く頭を下げた。
「……分かりました」
「勇者様……いえ、旅人さん」
その呼び方に、少しだけ肩の力が抜ける。
(……そのままで、頼む)
森の奥で、風がざわりと揺れた。
――魔族との戦いが、もう始まっている。
そんな実感だけが、じわじわと胸に広がっていた。




