第10話 勇者は、自分なりに警戒する
村を離れてしばらく歩いたところで、俺は足を止めた。
「……一息つこうかな」
街道脇の岩に腰を下ろし、意識を集中させる。
――ステータス。
表示された数値を見て、思わず息を呑んだ。
(……また、上がってるな)
狼の群れ。
そして、知性を感じさせるボス個体。
短時間で倒した相手としては、経験値が多すぎる気がする。
(使役魔物だから……?)
レベルの上昇と同時に、スキルポイントも増えている。
俺は少し考え込んだ。
(今必要なのは火力じゃない)
剣聖補正のおかげで、剣を振るうこと自体に不安はない。
少なくとも、魔物相手なら。
問題は、そこじゃない。
(魔族は知性がある)
使役魔物を操る。
統率し、学習し、対応してくる。
だったら――
(正面から殴り合うだけとは限らない)
毒。
呪い。
精神操作。
勇者を倒せないなら、壊す。
そんな発想は、簡単に出てくる。
(……勇者が発狂した、とか。操られた、とか)
どこかで聞いたような話が、頭をよぎる。
「洒落にならないな」
俺はスキル一覧を開き、迷わず二つ選択した。
《状態異常耐性》
《精神干渉耐性》
地味だ。
派手さはまるでない。
でも――
(生き残るなら、こっちだ)
強くなることより、
変なことをされないことのほうが大事だ。
スキルを取得すると、体の奥がじんわりと温かくなった。
「……よし」
剣を担ぎ、立ち上がる。
(さて、次はどこに行くか)
地図を広げながら、俺は考え始めていた。
─────────────────────────────────────
その頃。
森の奥深く、魔力の濃い場所で。
「……ん?」
一人の魔族が、ふと顔を上げた。
人型に近い姿。
赤みを帯びた瞳が、わずかに細められる。
「狼との……繋がりが切れた?」
使役していた魔物との感覚が、完全に消えている。
群れごと、だ。
「おかしいな」
あの狼たちは、ただの獣じゃない。
群れを統率し、指示に従うよう調整していた。
そう簡単にやられるはずがない。
「……調べるか」
魔力を流し、情報を辿る。
少しして、魔族は小さく息を吐いた。
「なるほど……勇者、か」
人族が召喚した、異世界の存在。
それなら、狼の群れを壊滅させても不思議ではない。
だが――
「……妙だな」
視線を地図に落とす。
「場所が、妙だ」
たしかに前線から遠くはない。
だが、魔王城へ向かう最短ルートでもない。
戦線を崩しに来ているわけでもなければ、
補給線を狙っているわけでもない。
「小さな村を、点々と……?」
魔族は顎に手を当て、考え込む。
「……何をしている?」
勇者なら、もっと派手に動くはずだ。
軍を率い、名を上げ、戦場の中心に出てくる。
だが、この勇者は違う。
「まるで……」
赤い瞳が、細くなる。
「こちらの様子を、探っているようだな」
しばしの沈黙。
やがて、魔族は小さく笑った。
「放置は、できんな」
だが同時に、直感が告げている。
――軽率に近づくのは、危険だ。
「……監視を続けろ」
誰にともなく、そう呟く。
「勇者が何を考えているのか……」
赤い瞳が、静かに光った。
「見極めてからだ」




