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第七話『吾輩、殺すのである』

 吾輩は犬である。名前はポチという。


「ワン!」


 鹿肉は美味だったのである。そこそこの大きさだったから、二食分になった。

 ご馳走で腹を満たしながら、屋根のある小屋で眠る。

 吾輩、かなり快適である。だけど、カイトくんは辛そうだ。顔を見れば、疲労が蓄積している事が分かる。

 水分補給がバナナブドウでしか出来ていない事も問題だ。栄養が偏り過ぎている点も改善したいものである。

 

「……散策に出かけよう」


 カイトくんも同意見だったのだろう。朝、目を覚ますとそう切り出した。


「ワン!」


 拠点となる小屋が出来た。食料もそこそこ安定して確保出来ている。

 今こそ、行動範囲を広げる時である。

 森の出口を見つける事が出来れば上々。そうでなくとも、水場を見つけておきたい。ある程度、目途は立てているのである。あの餌場……、ウサギや鹿がいた集落の辺りが怪しい。

 あれだけの数の生き物が生きるには、豊かな水場が必要な筈である。


「ワンワン!」

「こっちに来いって?」

「ワン!」

「分かったよ。頼りにしてるぜ、ポチ!」

「ワフン!」


 頼られている。吾輩、うれしい。

 まずは餌場を目指すのである。ただ、今回はカイトくんが一緒だから、近づくだけである。

 

「ワゥ!」


 そろそろ水場を探し始めるのである。


《『スキル:スニッフ・サーチ』発動。対象:水場。失敗。サーチ範囲内に水場はありませんでした》


 見つからない。もしかすると、集落の反対側にあるのかもしれない。そうなると、少々厄介である。

 集落を避けて回り道をするとなると、距離がかなり伸びてしまう。水が必要になる度に往復するとなると、距離は短い方が良い。

 迷うのである。水場への往復時間と豊富な餌場。どちらか一方しか……? いやいや、そんな事はないのである。

 カイトくんの脅威とならなければ、あの餌場を通り、水場へ向かう事が出来るのである。


「ワンワン!」


 とりあえず、帰るのである。


「え? そっちは来た道だぞ?」

「ワン!」

「……こっちに水場は無かったって事か? うーん、ポチの鼻だけが頼りだしなぁ」


 大丈夫なのである。


「喉、乾いたな……」


 あと、少しの辛抱である。


「ワンワン」

「ああ、今日の散策はここまでだ。一度戻ろう」


 拠点へ戻る。そして、またバナナブドウを食べた。

 カイトくんの表情が暗い。時は一刻を争う。


「……疲れた。今日は早めに寝よう。おやすみ、ポチ」

「ワンワン!」


 おやすみなのである。

 カイトくんが小屋の中で目を閉じて、寝息を立て始めるのを待つ。

 

《『スキル:スニッフ・サーチ』発動。対象:生物。除外対象:植物。失敗。サーチ範囲内に対象内生物はいませんでした》


 これで安心なのである。


《『スキル:ハンティングモード』発動》

《『スキル:疾走』発動》


 音を立てず、拠点を離れる。瞬く間に餌場へ到達した。

 明るい。集落の周囲を松明が取り囲んでいた。そして、様々な生き物が集落の中を蠢いていた。

 耳を澄ませてみる。


《『スキル:サウンド・サイト』を会得しました》


 声が聞こえてくる。


『あとどのくらい掛かる!?』

『まだ、武器が足りません。ゼラス族が湖底から回収したものは使い物になりませんでした』

『ヒーデル族が森の外を駆け回って、人間の死体から武具を回収しております』

『ヴェノ族が空からの偵察を提案しております!』

『ならん! 死に見つかれば、それで戦端が開いてしまう。確実に仕留める為の準備が整うまでは死に近づいてはならない!』

『イーギン族のウテハです! 死の出現後、僅かな間ですが死と共にいた人間を観察していました。恐らく、ただの人間の子供であるかと!』

『馬鹿な! 死と共にある人間だぞ。特異な能力を持つに違いない!』

『ですが、可能性はあるのでは!? あの人間を利用すれば、死の動きを制限し、あるいは仕留めるための鍵となるやも!』

『決死隊の結成を提案します! わたしが……、イーギン族の戦士、アブザルの伴侶! ネズヴァがリーダーを務めます! 戦端が開いた際、人間に接触する機会をお与えください!』

『無駄死にさせる戦力的余裕などない!』

『ですが、希望となるかもしれません! 死はあの人間を保護しています。人間がただの人間ならば、希望となる筈です!』

『し、しかし……』

『君主よ! ご決断を! 死を滅ぼし、真なる君主となる為にも!』


 危なかったのである。

 どうやら、吾輩とカイトくんを襲う為の計画を立てていたようである。

 しかも、吾輩を討つ為にカイトくんを利用しようとしていた。


「ハルルルル」


 森の外が生物の活動範囲内にある事が分かった。武具を持った人間の死体がある事が分かった。この森で永遠に生きる事にはならないようだと分かった。

 だから、この餌場はもう要らない。


《『スキル:バトルモード』発動》


「ガルルルルルル!」

「なっ!? 死!?」

「いつの間に!?」

「見張りは無しをしていた!?」

「ど、どうして!?」


 どうしても何も、吾輩の鼻は木の上や土の下に潜むものの匂いも嗅ぎ分ける事が出来たからである。

 

《『スキル:レイジング・レンド』発動》


 吾輩、爪を振るった。すると、赤と黒が入り混じる光の刃がまっ直ぐに飛んでいった。触れるものはすべて引き裂かれていく。

 数回も振るえば、それだけで集落の生き物達はほとんどが死に絶えた。だけど、まだ生きているものがいる。


「お、おのれ! 死よ! 何故、我らを殺す!? 我らはただ、この森で生きていただけなのに!」

「神聖なる木々の恵みを受け、平和に生きて来た! どうして、貴様は破壊する!?」

「偉大なる森の君主、サーディガーンを滅ぼしたのは何故だ!? あまねく種族を受け入れ、慈しむ御方を何故!?」


 吾輩、カイトくんを守るのである。その為には、脅威とならぬ弱きものも一匹足りとも生かしておくわけにはいかぬ。

 折角の餌場を失うのは惜しい。だが、仕方あるまい。

 

《条件を再度達成。『称号:殺戮者』を再取得しました》

《『スキル:レイジング・レンド』から、『スキル:ジェノサイド・レンド』へ派生しました》

《『スキル:テラー・ハウリング』を会得しました》


 目に映るものは死に絶えた。

 けれど、隠れ潜んでいるものがいる。逃げようと動いているものがいる。

 

「アオォォォォォォォン!!!」


《『スキル:テラー・ハウリング』発動。範囲内の生物に恐怖状態を付与しました》

 

 逃げ出そうとしていた匂いが止まった。

 草むらをかき分けると、鹿がいた。それも小鹿である。


「ママ、助けて……。どこに行っちゃったの……? ママ……」


 丁度、小腹が空いていた所である。


「ヒィッ!? こ、来ないで……、やめて!!」


 脇腹の部分を食べてみる。ローストした肉も絶品であるが、生肉も悪くない。


「イダイ!! イダイよぉ!! ママ!! たずげで……、マッ――――」


 腹も満たせた。皆殺しにした後、カイトくんにもお土産を持って帰ろう。


《『スキル:ジェノサイド・レンド』発動》


 爪を振るう。すると、吾輩の鼻が感知していた生存者すべてが死に絶えた。

 実に面妖である。だが、同時に便利でもある。時間を掛けずに殺し切る事が出来た。

 一度、カイトくんの下に戻ろう。カイトくんへの土産は鹿の仔が良かろう。ウサギや豚、トカゲ、鳥の仔を食べ比べてみたが、鹿の仔が一番美味かった。

 ついでに水場の場所を調べておこう。


《『スキル:スニッフ・サーチ』発動。対象:水場。成功》


 発見したのである。どうやら、集落の中心部に深い穴があり、その底に水があるようだ。

 明日、カイトくんを連れて来よう。鹿の仔を引き摺りながら、意気揚々と帰路へ着く。

 一仕事を終え、吾輩はクタクタである。

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