第五話『吾輩、狩るのである!』
吾輩は犬である。名前はポチという。
「ワン!」
吾輩、肉が食べたいのである。
このような状況で何をと思うが、食べたいものは食べたいのである。
カイトくんもバナナブドウをウンザリした表情で見つめている。他の物が食べたいに違いないのである。
「ワフゥ……」
この森で三日目を迎えた。初日の蟲以降、一度も他の生き物と遭遇していない。獣や鳥どころか、虫や蛇すらも姿を見せない。
だが、気配自体は常にある。
「ワゥ」
鼻に意識を集中する。
《『スキル:スニッフ・サーチ』発動。対象:獣。成功》
木々の向こうに小型の獣が六体。
吾輩、自分の爪を見つめる。この爪は巨木すら両断する事が出来た。
生まれてこの方、狩りなどした事がない。だが、この爪を使えば肉を取れるかもしれぬ。
ただ、一つ問題がある。どうやら、この森の生き物達はかなり臆病な性格らしい。吾輩が少し威嚇するだけで脱兎の如く逃げ出してしまう。
逃げられても追えば良いが、その間、カイトくんから離れる事になってしまう。それは不安だ。
理想としては、相手に気付かれる事なく接近して、逃げる暇も与えずに狩る事だ。
「ハルルルルル」
《『スキル:ハンティングモード』を会得しました》
また、あの声である。何かやりたいと思う度に聞こえて来る。そして、その声の後にはやりたい事が出来るようになっている。
闘争心が鎮まっていく。嗅覚が鋭くなっていく。鼻で感じた獲物の気配が視界に映り込む。
「ポチ?」
「ハルルルルル」
カイトくん、ちょっと待っていて欲しいのである。
今、ご馳走を取って来るのである。
駆け出し、地面を踏む度、肉球を押し出す。音を鳴らさず、されど迅速に獲物の下まで駆け抜けていく。
木々の合間をすり抜け、獲物を見つけた。
ウサギのように見える。けれど、人間のように二足で立っている。
「いつの間に!?」
人間のように喋ったのである。
言葉の意味は分かるが、ご主人やカイトくんが使う言葉とは音が違う。
「カミラ、みんなを連れて逃げるんだ! ボクが囮になる!」
とりあえず、肉は一匹分で良かろう。
味が良ければ、また取ればよい。どうやら、都合よく孤立してくれるようだ。少し待つのである。
「ハルルルルル」
それにしても、中々に柔らかそうな肉である。涎が出てくるのである。
「死よ! 森の主を滅ぼし、神聖なる木々を戯れに薙ぎ倒す暴君よ! 我が名はアブザル! イーギン族の戦士! その首を取り、我が森の新たな君主とならん!」
他のウサギはすべて逃げ去ったようだ。
匂いを嗅いでも、辺り一面に他の獣はいない。カイトくんが襲われる憂いもない。
《『スキル:バトルモード』発動》
「ガルルルルル!!!」
《『スキル:威嚇』から、『スキル:威圧』へ派生しました》
「あっ……、あぁ……」
獲物は震えながら膝を折った。一歩近づくと、涙を流し始めた。一歩近づくと、「助けてください……、お願いします……」と言って来た。
目の前まで来ると、ウサギは白目を剥いて倒れた。その首を噛み、持ち上げる。
生きたままの方が新鮮なのである。
「バフバフ!」
吾輩、意気揚々とカイトくんの下に戻る。
「ポチ!? そ、それ、ウサギ?」
「ワン!」
今日のご飯なのである。
「た、食べられるのかな……? えっと、こういう時はまず血抜きからだよな」
カイトくん、ツタを持って来たのである。
「まずは足を縛って……」
ウサギの足を縛ると、持ち上げて高床の出っ張りに引っ掛けた。
「……えっと、ポチ。首の所に切れ込みを入れてくれるか?」
「ワン!」
吾輩、ウサギの首を爪で切る。
《『スキル:ワイルド・レンド』発動》
「がっ……」
失敗である。切れ込みどころか、首を切断してしまった。一瞬、ウサギが苦悶の声を上げたが、そのまま首は地面を転がった。
「うわっ……、うぅ……、グロい……」
カイトくん、青褪めた。
「……えっと、次は毛皮を剥ぐ……、よりも火で炙って炭化させた方がいいかな。どっちにしても、焼かないと食べられないし」
カイトくん、高床に使った丸太から伸びる細くまっ直ぐな枝を手に取った。
「ポチ。この枝の先を尖らせる感じに切れるかな?」
「ワゥ?」
「先っぽをさ、こう細くしていくって言うか……」
吾輩、やってみる。
《『スキル:エングレイブ』発動》
爪を何度も振ると、あっという間に枝の先端を尖らせる事が出来た。
「すごいな! ありがとう、ポチ。えっと、あとは……、これ使っちゃおうかな」
カイトくんが持ち出したのは滑車を作ろうとして出来上がったギアだった。
「あとは……、あれでいいかな?」
そう言うと、ちょっと離れた所に生えていた植物の先端を千切って持って来た。
なんとなく、ご主人が秋になるとお店に飾っていたススキという植物に似ている。
「よし! ツタを絡めて……」
カイトくん、ぐにゃぐにゃに曲がっている枝にツタを付けて弓のようなものを作った。
その弓の弦を吾輩が尖らせた枝に巻き付けると、ギアのギザギザの内側部分に尖らせていない方の端を乗せ、尖らせた方には木片を乗せ、弓を前後に振り始めた。
カイトくん、何をしようとしているのだろうか? 分からないけれど、カイトくんは頑張っている。だから、吾輩、温かい目で見守るのである。
しばらくすると、擦っている部分から煙が立ち始めた。
「ワゥ!?」
「よ、よし!」
更に擦ると、カイトくんは木の枝をギアから外し、黒くなっている部分にススキもどきの先端を乗せ、息を吹きかけた。
「ああ、消えちゃった……」
上手くいかなかったようである。でも、カイトくんは諦めていない様子。また、同じように擦り始めた。
二度、三度と失敗した後、四度目でカイトくんは明るい声を上げた。
「やった! 火がついた! うわっ、すごい! すごくないか!? なあ、ポチ!」
「ワンワン!」
凄いのである。本当に火が燃えているのである。
カイトくん、その火を絶やさない為に慌ててススキもどきをかき集めて来た。吾輩もそこら中にあるススキもどきをかき集める。
炎が大きくなっていくと、カイトくんはその上に枝を乗せていく。
「やべっ、先にカマド作らないとだった! ポチ、支柱を立てた時みたいに、そこに穴を掘ってくれ!」
「ワン!」
《『スキル:ディグクロウ』発動》
言われた通りに穴を掘ると、カイトくんはギアごと火を持ち上げて、穴の中へ入れた。
「って、空気が無くなったら消えちゃうか!? ポチ、ちょっとフーフーしててくれるか?」
「ワゥ?」
「こう! フーフーって!」
カイトくん、火に向かって息を吹きかけている。
吾輩、分かったのである。火に向かって、フーフーする。
「よし、ちょっとずつ……、消さないように……」
枝を足していく。炎は弱まっていく。
「やばっ!? フー! フー!」
カイトくんもフーフーする。吾輩もフーフーする。楽しいのである。
カイトくんと一緒にフーフーしていると、段々と火が大きくなり始めた。
「よ、よし! 安定して来たぞ! あとはツタを枝に巻いて……」
カイトくん、時々ススキもどきを巻き込みながら、枝にツタを巻いていく。そして、そのツタに火を移らせた。
「よっしゃ! 松明完成! 出来るもんだなぁ! なんか、テンション上がって来た! 血抜きの方もそろそろ良さそうかな?」
首を落としたウサギを見ると、最初はドバドバ出ていた血がほとんど止まっていた。
カイトくん、そのウサギの毛皮を松明で炙っていく。
「そうだ。石も焼いとかないと! ポチ、焚火に消えないように石をいくつか放り込んでおいてくれないか?」
「ワゥ?」
吾輩、手近な石を焚火に放り込んでいく。
意味は分からない。だけど、何か意味があるのだろう。
「よし、こんなものかな?」
ウサギはすっかり真っ黒になっていた。そのウサギを高床から降ろすと、カイトくんは大きめの葉でくるみ始めた。
どうやら、まだ食べれないようである。吾輩、そろそろ空腹である。
「石はどうかな……っと、良さそうだな。ポチ、すぐ隣にもう一つ穴を掘ってくれ」
「ワン!」
《『スキル:ディグクロウ』発動》
穴を掘ると、カイトくんは木の枝で焚火の中の赤くなった石を穴の中へ放り込んでいく。そして、その上に葉を落としていき、葉で包んだウサギを落とす。その上に更に赤くなった石で埋めていく。
「ワゥ……?」
吾輩、困惑。
「えっと、ピットローストって言ってさ。石の蓄熱と地中の断熱を利用して蒸し焼きにするんだ。しっかり、火を通しとかないと寄生虫とか危ないからな」
「ワフゥ」
カイトくん、物知りなのである。それで、いつ食べれるの?
「とりあえず、5、6時間は置いとかないとな。その間に小屋作りの続きをしよう。とりあえず、バナナブドウで腹ごしらえだ!」
「ワン!?」
結局、バナナブドウ!?
お肉が食べたい。バナナブドウ、絶品だけど、お肉じゃない。
吾輩、ションボリである。