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第四十三話『吾輩、ようやく会えたのである』

 吾輩は犬である。名前はポチという。


「グォン!」

「こっちなのね……」


 バッキーの後を追い掛ける形で、吾輩は馬車を引いている。

 

「ポチ。マスターはお前の寿命を延ばす事が出来るのね。どうして、頼まないのね?」


 幾度目なのか、もはや分からぬ程に繰り返された質問をバッキーは口にした。


「グォン!」


 少々、しつこいのである。返答は変わらぬ。


「しつこいとはなんね! 人間達もお前に生きて欲しいと言ってるね! お前はその願いを叶えるべきなのね!」

「グォン!」


 生きとし生けるものはやがて死ぬのだ。

 生きるべきものが死に、死ぬべきものが生きる。それでは世界の理が破綻してしまう。


「それがなんね! 世界の理なんか破綻したって構わないのね! お前が死んだら、バッキーは哀しいのね! お前はバッキーを哀しませてはいけないのね!」

「グォン」


 それについては申し訳なく思っている。だが、それもまた貴様の糧となろう。

 マリア、カリウス、ミゼラ、ヤザンにとっても、吾輩の死はその未来の礎となろう。

 それはつまり、お前達の中に吾輩という存在が生き続けると言う事なのだ。吾輩は未来永劫、お前達と共にある。


「よく分からない話で煙に撒こうとするんじゃないね!」

「グォン」


 今は分からぬとも、いずれは分かる。

 お前はまだ子供なのだ。ゆっくりと成長し、吾輩の言葉を噛み砕いていくが良い。


「意味深な事を言って、話を終わりにさせようとするんじゃないね! お前は生きるのね! 死んだら承知しないのね!」

「グォン」


 返答は変わらぬ。だが、いくらでも繰り返そう。不毛とは思わぬ。

 生きて欲しいと望まれる事は喜ばしい事である。そして、その死の意味を深める為に、このやり取りは重要なものである。

 だから、繰り返そう。まだ幼き魂であるバッキーに死という概念と向き合わせる為に。


 ◆


 陽が昇り、陽が沈む。やがて、吾輩はクレルモア大平原という場所に辿り着いた。そこはカルバドル帝国とイグノス武国、ルテシアン連邦国の三国の狭間にある場所。

 

「……まさか、ここ?」


 マリアが馬車から出て来た。

 ここは彼女とDr.クラウンが戦いの舞台としている場所らしい。東を見れば、カルバドル帝国があり、南を見れば、イグノス武国が見える。


「剣聖様!」


 帝国の方から、一人の少年が駆け寄って来た。


「アル! 久しぶりね」

「アンタ、一体どこ行ってたんだ!?」

「ちょっとそこまで!」

「二か月弱もだぞ! 皇帝陛下が癇癪を起して、大変だったんだぞ! せめて、連絡くらい入れろよ!」

「いやでも……、だって……」

「だってじゃない! 子供じゃないんだぞ。一報くらいは入れろ!」

「……は、はい」


 少年にお説教されて、マリアは縮こまっている。


「えっと、マリア。彼は?」


 居た堪れなくなったのか、ミゼラが口を挟んだ。


「アルよ。アルフォンス・ウォーロック。わたしの愛弟子の一人!」

「連絡役だ。弟子になった覚えはない」

「……で、弟子だもん」


 涙目になるマリアにアルフォンスは舌を打った。なにやら、複雑な関係性らしい。

 

「えーっと……、君もそんなに怒らないでよ。マリアにもいろいろと事情があったんだからさー」

「誰だ、お前。気安く話掛けるんじゃねーよ」

「……マリア。わたし、結構ストライクかも」

「え?」


 ミゼラは興奮している。怒ったわけではないようだ。息が荒い。


「……は、発情しているのね」

「グォン?」


 吾輩、理解が出来ぬ。


「お姉さん、ミゼラって言うのよ。君のお名前はー?」

「なんで、テメェに名乗らなきゃいけねーんだよ。ってか、剣聖様がさっき言ってただろ」

「君のお口から聞きたいなーって」

「……なんだ、お前」


 少年は迫ってくるミゼラから逃げるように後退った。


「おい、ミゼラ。犯罪だぞ」

「そういう趣味だったのか……」

「え? いや!? ち、ちが! ただ、なんか生意気で可愛いなーって思っただけだし!」

「かわっ!? お前、ほんとに何なんだ!?」


 アルフォンスは気持ち悪そうにミゼラを見ている。


「いやもう、目つきが鋭い所とか、口の悪い所とか、可愛い!!」

「……い、意外な一面ね」


 マリアも困惑している。

 

「オ、オレは皇帝陛下にアンタの帰還の事を伝えてくっから! 後でちゃんと宮殿に来いよ!」


 そう言い捨てると、アルフォンスは脱兎の如く逃げ出した。


「あ、待ってよ! アルフォンスたん!」


 ヤザンとミゼラが兄妹である事実を吾輩は今、強く実感している。


「……と、とりあえず、結晶の館に向かいましょう。えっと、この辺なの? バッキー」


 マリアが問いかけると、バッキーは頷いた。そして、北へ向かって飛んで行く。


「こっちなのね」


 ゆっくりとしたペースである。マリア達も馬車に戻らず、一緒に歩いている。


「ワンちゃん。あそこがわたしの故郷なのよ」

「グォン」

「まさか、クレルモア大平原まで来る事になるとはな」

「絶対に近づいてはいけない、現代の禁足地と呼ばれている場所。そこを歩いてるって思うと、なんかちょっとワクワクするな」

「アルフォンスたん……」


 しばらく歩くと、大きな谷があった。そこを飛び越えると、森があった。

 不思議な森である。紫色の鉱物がそこかしこにあり、ほんのりと光を放っている。

 

「この奥なのね」


 そう言うと、バッキーは吾輩の背中に乗った。

 

「グォン」


 そのようである。実のところ、もう随分と前から分かっていた。

 ここからカイトくんの匂いがする。

 吾輩は一度立ち止まり、マリアを舐めた。カリウスを舐めた。ヤザンを舐めた。ミゼラを舐めた。すると、バッキーが背中から降りて来た。バッキーを舐めて、エヴォルクを解除した。

 森の中を歩いていく。やがて、匂いが近くなって来て、吾輩は走り始めた

 

「ワン!」


 遂に辿り着いた。

 森の奥に佇む、クリスタルで出来た建物。これが結晶の館(クリスタル・パレス)なのだろう。

 長らく発見される事が無かったと言うが、その理由も分かった。この建物は透明な水晶で形作られているのだ。しかも、メタルディザイアである以上は動き回る。これでは早々見つける事は出来まい。

 入口らしきところを嗅ぎ分けると、内部へ踏み込んだ。


「ワンワン!」


 匂いを辿っていく。透明な階段があり、登っていく。

 透明な扉があり、中に入る。すると、風景に色がついた。外からは見えなかった辺り、恐らくは魔法か科学的な偽装が施されている空間なのだろう。

 ふかふかな絨毯が敷かれていて、その奥に進んでいくと更に扉があった。


「ワンワン!」


 吾輩は二足歩行になり、前足で扉を開いた。


「クゥン」

「……え? ポチ?」


 涙が溢れて、視界が見えづらい。だけど、匂いで分かる。

 吾輩、ようやく会えたのである。

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