第四十一話『吾輩、同感である』
吾輩は犬である。名前はポチという。
「ワン!」
人間達が大迷宮と呼ぶ場所。その正体は『地の龍』と呼ばれるものだ。
遠い昔の話であるが、世界を破壊するものが現れた。破壊の神と呼ばれたもの。その神は無数の使徒を従えて、終わりなき絶滅戦争を仕掛けて来た。
あらゆる生命が淘汰の危機に陥る中で、知的生命体である人類はその知性のすべてを賭けて神に反逆した。
人類は常識を捨て、倫理から目を背け、良識を忘れ、人権を破棄した事で、神に対して僅かな膠着状態を築くに至る。
その時に生み出されたもの。それが地の龍である。
神を討つ為ではなく、生きる為に生み出されたもの。肉体を破棄して、いずれ復活する為に魂を保管する。地の龍とは、一種の生命維持装置だった。
「ワゥ」
その役割はすでに終わっている。地の龍は眠りについて久しく、よもや人間達の試練の場として活用されているとは思わなかった。
確かに、原点に立ち戻る為には良い場所である。
魂を保管する為に、地の龍には魂の情報を隅から隅まで解析する機能がある。
その解析を受けると、自らの過去を洗いざらい追想する事になるのだ。自分自身ですらも忘れていた過去さえ、地の龍は暴き出す。
吾輩もザインであった頃の記憶をすべて取り戻した。
思い出したかったわけではないが、カイトくんを探す上で有用ではある。
「さてさて」
ドロシーはカウンターに並べられた椅子の内の一つに腰かけた。
ここは吾輩の記憶をベースに作り出された空間だ。これも地の龍が持つ機能の一つ、解析した魂が最も安らげる空間を作り出す機能だ。
もっとも、この機能には欠陥があり、複数の魂を同時に解析してしまうと情報が混在してしまい、混沌とした空間が出来上がってしまう。
「さっさと本題に入りましょうかね。君達の目的……、ああ! 言わなくても大丈夫よ。この空間に踏み込んだ時から分かってるからさ。祠堂戒人を探したいんでしょ? うんうん。推理の方向性は間違ってないね。彼は『結晶の館』にいるわ。その場所についてはDr.クラウンに聞いた方が早いわよ。あれって、彼が生み出したメタルディザイアの一種だから」
「え?」
「は?」
「はぁ?」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
マリア達は開いた口が塞がらない様子だった。
吾輩も似たり寄ったりである。
「クリスタル・パレスって、アースで行われた万国博覧会っていうイベントで建造された建物の名称なのよ。そこが第一次世界大戦で軍事利用されていた時、彼も従軍してたのよね。だから、建物タイプのメタルディザイアのモチーフにしたみたい」
「アース?」
「万国博覧会?」
「第一次世界大戦って、聖戦の事か?」
「異界の一つよ。ワンちゃんがポチとして生まれ変わった時に居た世界。第一次世界大戦は、そっちの戦争の事ね」
「……え? 待ってよ。それって、どういう事? ドクターは異界の戦争に参加してたって言うの?」
「そうよ」
「そうなの!?」
「いや、異界ってなんだ!?」
ドロシーは説明を省略し過ぎている。マリアは異界について、一定の理解を得ているようだが、カリウス達にとっては寝耳に水の事らしい。
正直に言えば、吾輩も受け止め切れているとは言い切れない。
Dr.クラウンは謎多き男であったが、より一層正体が見えづらくなった。
「マリアの奥義で世界そのものを斬れるでしょ? それって、元々はレオの技なのよ。そんで、レオはアルトギアが呼び出した神獣を異界に追放する為にその技を編み出したの。いや、あれは本当にヤバかったわ。さすがのわたしもアルトギアをぶん殴りにいこうかと思ったくらいよ……」
カリウスはおろか、マリアも何のことだか分からない様子である。
だが、吾輩は覚えている。前王もアルトギアを殺しに行こうとしていた。あれほどまでに怒り狂った前王を見たのは後にも先にもあの時だけである。
神獣とは即ち、破壊の神の使徒なのである。
「アルトギアって、今はアガリア王国にいるのよね? ちょっと、斬って来た方がいい?」
「あー……、今は大丈夫みたいよ。なんか、今のアガリア王にすっかり絆されたみたい。正直、ちょっと腹立つわ」
「……とりあえず、斬らなくていいって事?」
「そういう事」
「……ワゥ」
アルトギアは確か、ヴァルサーレと名乗り、ザインであった吾輩が討たれるよりも少し前にメナスによって討伐されていた筈である。
何度死んでも蘇る。実にしぶとい奴である。アレが絆されたなど、俄かには信じられぬ。吾輩でさえ、あれは殺しておいた方がいいと断言出来るほど、有害な存在である。
「いや、殺したらまた蘇るだけよ? しかも、今みたいに首輪がついてない状態で……」
「ワゥ……」
厄介な奴である。
「いや、殺したら蘇るってなんだよ」
「死者蘇生なんて、魔法でも不可能な筈よ!」
「それが出来るから、アルトギアは厄介なのよ」
「ワゥ……」
吾輩がザインとして生まれるよりも遥か昔から存在する悪しき者。
アレに常識は通じぬ。
「とりあえず、この世界とは異なる世界がいくつかあるのよ。Dr.クラウンの故郷もそこなわけ。そんで、彼が作った鋼装家のクリスタル・パレスに祠堂戒人くんはいる。目的は家に帰る事ね。明らかにアース縁の物って分かる外見をしてるし、Dr.クラウンがそこにいろいろアースから持ち込んだ書物とかを保管してたから、それを見て勘違いしちゃったみたい」
「家に……?」
「祠堂戒人くんもアース出身って事よ」
吾輩はカリウスの腕から抜け出した。
「オル……、ポチ?」
「ワンワン!」
必要な情報は得られたのである。もはや、ここに長居は無用。というか、あまり長居すると不味いのである。
「そうそう。ワンちゃんの言う通り」
「え? オル……、ポチたん何か言ってるのか!?」
「長居すると不味いってさ。そうなんだよねー。ここに長時間いると、肉体と魂が解けちゃうのよ。要するに死んじゃうわけ」
「はぁ!?」
「ちょっ、ちょっと!?」
「聞いてないぞ!?」
「言ってないもーん」
ミゼラ達はいそいそと身支度を整え始めた。
「まあ、一日や二日でどうこうなるわけじゃないけどね」
「ドロシー。あんまりからかうと、斬るわよ」
「……殺意を向けるハードルの低さに泣きそう」
いずれにしても、長居して得られる物は特にない。
ここはあくまでも魂の揺り籠なのだから。
「とりあえず、ドクターを締め上げにいかなきゃね」
「これ、イグノス武国に乗り込む流れ?」
「その前に通信機で聞いてみた方がいいのでは?」
「一応聞いてみるけど、絶対誤魔化す気がする」
吾輩も同感である。あの男、確実に吾輩達の声を盗聴していたのである。そうでなければ説明のつかない場面が幾度かあった。
それなのに、結晶の館の事に全く触れなかったのは、何らかの意図があっての事なのだろう。
「ひとまず、外に出ますか」
「だね」
吾輩達は大迷宮を後にした。




