第三十七話『吾輩を慰めるのである』
吾輩は犬である。名前はポチという。
「グォン!」
「いっくぞー!」
破壊した隕石の断片が散弾となって襲い掛かって来る。風の守りでは防ぎ切れぬ。
《レベルアップ承認。保有経験値:100,000を消費。レベル70になりました》
《条件達成。エヴォルク承認。保有レベル:70を消費。『種族:ストーム・ベルーガー』から、『種族:ライトニング・ベルーガー』へエヴォルクします》
《『スキル:ヴォルティックス・シールド』発動》
ストーム・ベルーガーからライトニング・ベルーガーへエヴォルクして、即座にヴォルティックス・シールドを発動する。
青い雷光の盾が吾輩に向かって来る石の豪雨を焼き尽くしていく。
「また変わった!? アッハッハッハ! 君、面白いね!」
「グォン!!」
吾輩も少々興が乗って来た。だが、この地にやって来たのはお前と戦う為ではない。
速攻で終わらせるのである。
「グォォォォォォォォォン!!!」
来い、バッキー!
《レベルアップ承認。保有経験値:100,000,000,000を消費。レベル1,000になりました》
《条件達成。エヴォルク承認。保有レベル:1,000を消費。『種族:ライトニング・ベルーガー』から、『種族:メタルディザイア』へエヴォルクします》
「いくのね!」
「グォォォォォォォォォ!!!!」
《合体システム起動。『個体名:鋼装鳥ハバキリ』とのユニゾンを開始》
《合体シークエンス開始》
《『個体名:鋼装鳥ハバキリ』に内臓されていた『神器:エクセリオン』により、『雷帝の権能』と『魔王の権能』が復元しました》
一度復元していた筈の権能がまた復元したのである。あまり、意識していなかったが、どうやら復元されるのは合体中のみのようだ。
まあ、良い。普段は権能を使う機会など滅多にない。
《合体完了》
「グォォォォォォォォォォン!!!」
「どんどん姿が変わっていく上に、鳥と一つに!? 面白い! すごく、面白いよ!」
少年は杖を振るった。天空を覆うほどの炎が現れ、落ちて来る。
同時に吾輩を取り囲むように鋼鉄の槍が四方八方から無数に飛んでくる。
これほどの魔法を同時に複数使える者など、人類の中でもそう多くはあるまい。勇者や魔王、剣聖には至らぬまでも、この少年は既に英雄と呼ばれる位階に立っている。
「グォン」
だが、若過ぎる。魔法の発動で気を緩めるなど、戦場においては致命的なミスだ。
《『魔王の権能』発動》
《『スキル:ゲート』発動》
地面の下に穴が開く。その先には少年がいる。
これこそが魔王の力。認識している空間へ、自在に門を開く事が出来る。
初代魔王が側近であるアルトギアの魔法を己の力だと民衆に認知させた事で創造されたもの。
シャロンが再現した権能にも、この力は宿った。その権能のコピーである吾輩の権能にも。
「え?」
真上からの奇襲をまったく想定していなかったようだ。
詰めが甘い。魔王の権能はさすがに反則であろうが、それでも警戒を怠らなければもう一手くらいは打てた筈である。
「惜しかったな、少年よ。だが、君はまだまだ成長する。この敗北をその糧としたまえ」
人間の言葉でそう伝えた。雷帝の権能が復元している今だけ出来る事だ。
マリアが目を見開いている。聞かれたようだ。お話してくれとせがまれそうである。まあ、その時はその時だ。
気を失った少年を咥え、地面に降ろす。それからカリウス達に視線を向けた。戦闘はまだ続いているようだ。
《『スキル:レクス・トニトルス』発動》
「グォォォォォォオオオオオオオン!!!!!」
これは吾輩がこの地に最初にやって来た時に覚えたスキル:威嚇の最上位とも言うべきスキルだ。
元としたのは『スキル:雷帝覇気』と『スキル:魔王覇気』である。二つの究極クラスの権能による究極スキルを融合させた超究極スキルの一つ。
レクス・トニトルスの発動中、効果範囲内のすべての生命は吾輩の命令に服従する。例外は究極クラスの権能を持つ者だけだ。
この地において、それは二人の人間だけだった。
剣聖マリア・ミリガンと、そして――――、
「……ちょーっと、やり過ぎだよ。ワンちゃん」
箒に乗った魔女が現れた。
銀色の髪、青い瞳。どこか見覚えがある容姿である。
「久しぶりね、ドロシー」
「おひさー、マリア」
マリアに手を振りながら、魔女は地上に降りて来た。
吾輩、生きた心地がしない。この魔女からはマリアに匹敵する程の圧を感じるのである。
おそらく、今の状態ですらも届かぬ領域にいる者。ここからもう一段階エヴォルクする事で至れるであろう、前世の我の姿になっても敵わぬ。
吾輩、もらしたのである。
「だから、合体中におしっこもらすななのね!」
「グォン!」
怖いのだから仕方がないであろう!
「情けないのね! 人間如きに雷帝ともあろうものが!」
「グォン!」
雷帝でも怖いものは怖いのだ。
「およー? わたしに威嚇してたりするのかにゃー?」
ドロシーの視線を受け、吾輩は合体を解除した。
「この腰抜けなのね!!」
エヴォルクも解除して、カリウスの下へ急ぐ。
「オ、オルグ!?」
「クゥン……」
カリウスに抱き着いて、尻尾を丸める。
マリアよ、後はすべて貴様に託した。
「……わ、わたしの方が近くにいたのに!?」
マリアは泣いた。だが、知らぬ。吾輩は怖いのだ。カリウスよ、吾輩を全力で慰めるがよい!
「えっと、とりあえずよしよし」
それで良い!




