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第三十四話『吾輩、願う』

 吾輩は犬である。名前はポチという。


「グォン!」

「キィ!」


 カリウスの故郷であるラサトンを出てから、一週間が経過している。

 視界の隅に表示されている速度計を見ると、吾輩は時速160キロメートルで走っている事が分かる。出そうと思えば、更なる速度を出す事も可能だ。だが、これ以上の速度を出すと馬車が壊れてしまう。

 既に外装は殆どが剥がれ落ちてしまった。鋼鉄の車輪や車軸も悲鳴を上げ続けている。

 実にもどかしい。エヴォルクのタイムリミットもあって、思うように進めていない。


「えっと、あと十分でエヴォルクが解けるな。オルグ、この次の分岐を右に曲がってくれ! その先にエフラードっていう村があるんだ。そこで宿を取ろう。そこそこ大きな村だから、馬車の修繕もやっておきたい」

「グォン!」


 言われた通り、分岐を右に曲がる。しばらくすると、大きな壁が見えて来た。壁の上には巨大なバリスタが設置されている。その内の四つが動いた。


「まずい!?」

「グォン!」


 問題ない。

 

《『スキル:ヴォルティクス・ガード』から、『スキル:ヴォルティックス・シールド』へ派生しました》


 吾輩の視界には、吾輩が会得しているスキルの一覧が表示されている。更に、そこから派生出来るスキルも分かる。

 今までは謎の声に身を委ねるままであったが、吾輩の意思の下でやりたい事が出来るようになった。

 ヴォルティックス・シールドを展開する。我が眼前に青く輝く雷の盾が展開した。その盾はバリスタから放たれた矢を消し炭に変えた。


「オルグ、反撃しちゃダメだからな!」

「グォン!」


 雷霆招来を発動し掛けていたが、カリウスの言葉を聞いてエフラード上空に集まり掛けていた雷雲を霧散させる。

 

「今のは威嚇射撃だったんだと思う。射線が外れていた。この辺りには狂暴な魔獣の縄張りがあるから、警戒しているんだと思う」

「グルル……」

「一旦止まろう」

「グォン」


 停止すると、壁の上から何かが飛び立った。鳥のように見えるが、少し違う。

 爬虫類のように見える。


「なになに?」

「どうしたんだ?」

「あっ、ワイバーン!」


 馬車の中で眠っていたのだろう。マリア達は寝惚け顔を窓から出して来た。

 ワイバーン。その言葉を聞くと、視界にワイバーンなる生き物のデータが表示された。

 ドラゴンの亜種らしい。南の大陸に広がる竜王山脈に生息している。騎乗獣としての人気が高いようだ。


「わたしはエフラードの憲兵長、ノストラーダ・グラディオン。その魔獣はメタルディザイアだな。イグノス武国の者か!?」

「いえ、違います! メタルディザイアではあるんですけど、旅の仲間なんです」

「信用ならん! エフラードは貴様等の立ち入りを許さぬ! 即刻、立ち去るが良い!」

「そんな!? オレ達は冒険者です! オルグ達の事はギルドにも申請しています! 照会してみてください!」

「くどい! 武国の者の立ち入りは断じて許さん! 退去命令に従わぬのならば、攻撃を行う!」

「ま、待ってください!」


 風向きが悪い。吾輩は踵を返した。


「お、おい、オルグ!?」

「グォン」


 アレに対話の意思はない。交戦を望まぬならば、撤退するほかあるまい。

 エヴォルクのインターバルタイムも迫って来ている。

 残り二分。出来る限りエフラードから離れた場所まで移動して、吾輩はエヴォルクを解除した。


「感じ悪っ! なんなの、あの態度!」

「まったくだ!」


 馬車から降りて来たミゼラとヤザンは不満をぶちまけた。


「武国の事をかなり嫌ってるみたいだったわね」


 マリアの言葉にカリウスは頷いた。


「一応は敵性国家ですからね。それにしても、馬車の修繕をしておきたかったな……」

「結構、ガタが来ちゃってるもんな」

「ミゼラ。魔法で何とかならない?」

「無理だよ。わたしの手持ちの呪文って、戦闘系に偏ってるから……」


 よく見るといくつかの箇所には穴が空いていて、車輪は歪んでしまっている。

 このままでは遠からず壊れてしまうだろう。


「仕方ない。もしもし、ドクター!」


 困った時のDr.クラウン。


『……お前さん、わしの事を都合良く使い過ぎではないか? 一応は敵同士なんじゃぞ』

「そういうの良いから、馬車を直してよ! 出来るでしょ?」

『まったく、しょうがないのう。エフラード近郊となると、鋼装竜に行かせるのがいいか……』


 相変わらず、マリアにだだ甘である。端末から聞こえてくる声はご主人が娘や孫と接する時の声色そのものであった。


『しばし待っておれ。必要な資材を鋼装竜サクリファイスに運ばせるのでな』

「はーい! 超特急でね!」

『はいはい……』

「はいは一回!」

『はい』


 敵同士という関係性を吾輩が誤解しているのかもしれぬ。

 どう聞いても祖父と孫娘のやり取りである。


「……とりあえず、今日は野宿だな」

「ミゼラ、準備するぞ」

「はーい」

「オルグとバッキーは食料を調達して来てくれ」

「ワン!」

「キィ!」


 野宿の時はお馴染みとなった役割分担である。

 吾輩の鼻で獲物を探し、バッキーが持たされている籠に詰め込んでいく。

 物の数分で籠をいっぱいにすると、吾輩達はテントの設営予定地に戻って一休み。

 

「相変わらず、あっという間だな」

「オレ達も負けてらんねーぞ!」

「おー!」


 テントの設営を終え、吾輩達が採って来た食料を腹に詰める。後は寝るだけというタイミングでデザートの果実を齧っているマリアがおもむろに言った。


「みんなはどこまで行くの?」

「どこまでって?」


 ミゼラはキョトンとしている。


「カイト探し」

「もちろん、見つかる所までだよ!」

「大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「いや、金銭的に……。三人は冒険者としての仕事があるんじゃないの?」


 マリアの言葉にカリウスは肩を竦めた。


「大丈夫ですよ。ジュラでは相当稼いだもので」

「そうそう。一生分ではないけど、しばらく生活には困らない程度の貯蓄があるよ」

「あれ? 三人共、結構お金持ちなの?」

「お金持ちっていうか、小金持ちっていうか……」

「四大魔境は世界でも屈指の危険地帯ですからね。中央都市などと比べて、冒険者業の儲けが大きいんです」

「そうなんだ。よかった! 途中でお別れする事になったらイヤだったし」

「ミゼラとヤザンがオルグにメロメロですからね。別れたくても別れられませんよ」


 カリウスの言葉にミゼラとヤザンはうんうんと頷いている。吾輩としても、友との別れは寂しく感じるものだ。願わくば、最後まで共に歩んでもらいたいものである。

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