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第三十三話『吾輩、全速力である』

 吾輩は犬である。名前はポチという。


「ワン!」

「キィ!」


 しばらく食事を堪能しているとカリウスがマリア達と共に中庭へ出て来た。


「おーい、オルグ! バッキー! 我が家へ行くぞ!」

「ワン!」

「キィ!」


 色々と大変そうだったが、片付いたようだな。

 カリウスの実家に向かう道すがら、仮面の者達に次々視線を向けられはしたものの、足止めを喰らう事なく辿り着く事が出来た。

 

「ここだ」


 そこには普通の家があった。大きくも小さくもない。二階建てのレンガ作りである。

 

「馬車はどこにあるの?」

「畑の納屋だ。さすがに黙って持ち出すわけにはいかないし、みんなの事も紹介しておきたいからな。構わないだろ?」

「ごもっとも」

「いいよ!」

「いいぜ!」

「ワン!」

「キィ!」


 吾輩達の返事に満足すると、カリウスは家の扉を開いた。


「ただいまー……って、母さん!?」


 そこには背の高い女がいた。まるで、鬼のような形相を浮かべている。


「おかえり、カリウス。無事に帰って来て嬉しいよ。それはそれとして、無事ならどうして手紙を出さないんだい!?」


 カリウスは平手で殴られた。まるで爆発のような音を立て、宙を浮き、吾輩達の頭上を通り越して、地面を何度も転がり、そのまま向かいの家の壁に激突した。

 吾輩、知っている。テレビで問題になっていたドメスティック・バイオレンスである。


「わお」

「と、飛んでいった……」

「こわっ……」

「ワゥ……」

「キィ……」


 無事なのだろうか?


「いてて……」

「おお、生きてた」

「スキルで上手く受け身を取ったみたいね」

「めっちゃ転がってましたけどね……」

「母さん! いきなり、何をするんだ!?」

「こちとらお前が死んだと思ってたんだよ!? 一発で済ませてやった事を感謝するんだね! ほら、みんな待ってるよ! 入っておいで!」


 カリウスの母は家の奥へ入って行った。

 

「……こわぁ」

「カリウス。お前んち、ヤベェな……」


 ミゼラとヤザンはドン引きしている。


「まあ、心配を掛けたのは事実だからね。あと、母さんは元冒険者なんだ。だから、ちょっと荒っぽいんだよ」

「ちょっとじゃないと思う」

「冒険者に対する風評被害だぞ」


 吾輩達はカリウスが家の中へ入っていくのを見守った。生きて帰って来て欲しいものである。


「……いや、みんなも入って来いよ」

「やだよ」

「怖ぇよ」

「家族の団欒に割り込むのはちょっとねぇ……、久しぶりの再会なんでしょ?」

「ワンワン」

「キィ!」

「いや、一人だと心細いから来て欲しいんだけど……」

「がんばれ!」

「お前なら大丈夫さ!」

「ふぁ~いと!」

「ワンワン!」

「キィ!」


 入る気なしの吾輩達にカリウスは渋い表情を浮かべた。


「お前らなぁ……」

「カリウス! いつまで待たせてるんだい!? はやく来な! お友達のみんなも入っておいで! お菓子を用意してあるよ!」


 ミゼラとヤザンは回れ右をした。けれど、マリアがその襟首を掴んで止めた。


「ほらほら、招待を受けちゃったんだから」

「やだー!」

「怖いよー!」

「……母さんがごめんな」


 悪いのはカリウスであろうに。母の言葉には貴様への深い愛情が込められていたぞ。


「ワンワン!」

「ああ、オルグ達も入って来い。ただ、足はマットで拭ってくれよ? やり方は分かるか?」

「ワン!」


 馬鹿にするでない。吾輩、ご主人のカフェのアイドルドッグだったのである。

 もちろん、店内を出入りする時は毎回キチンと足をマットで拭っていた。店内に吾輩の足跡を残した事は一度もないのである。


「キィ?」

「ワン!」


 バッキーよ、手本を見せてやる。足を拭うとはこういう事だ!


「キィ!」


 吾輩の真似をして、バッキーはしっかりと足を拭った。中は少々手狭で、体の大きいバッキーは窮屈そうにしている。


「うーん……、バッキーは外で待ってた方がいいかもな」

「キィ!?」


 慎重に歩を進めていたバッキーだが、カリウスに追い出されてしまった。


「ワン!」


 バッキーを追い出すなら、吾輩も入ってやらないのである。


「オルグ! まあ、仕方ないか……、ごめんな!」

「ワン!」

「キィ!」


 カリウスに吠えてから、吾輩はバッキーと一緒に横たわった。

 あの様子では今夜中に街を出る事にはなるまい。先に眠るとするのである。


「ワゥ」

「キィ」


 おやすみである、バッキー。


 ◆


 翌日、ヘトヘトの様子のカリウスが家から出て来た。マリア達も少し疲れた様子である。


「カリウスのお母さん、パワフルだね」

「てか、ノリがきつい……」

「現役冒険者なんだから飲めるだろって、しこたま飲まされたから頭イテェ……」

「ほんと、ごめん」


 どうやら、昨夜は大変だったようである。


「まあまあ、馬車は貰える事になったんだし、いいじゃない」

「それはそうなんだけど……」

「マジでキツかった……」

「ごめんなさい」


 カリウスは深々と頭を下げた。

 吾輩、家に入らなくて良かったのである。


「キィ……」


 バッキーもホッとした様子だ。


「それより、馬車を見に行こうよ! ワンちゃんに引いてもらうなら、ちょっと改造もしないとだし」

「そうですね。こっちです!」


 よたよら歩きながら案内するカリウスの後に続くと、一面の小麦畑にぶつかった。


「ここがカリウスの家の畑? 大きいね!」

「はい。この街には冒険者パーティの拠点がいくつかあるし、憲兵も強い人達が配されているので畑も広く作れるんですよ」

「別名『はじまりの街』とも呼ばれてるんでさ」

「『はじまりの街』?」

「この辺りの魔獣はそこまで強くなくて、初級の冒険者にとっては丁度良い狩場があるんです。それと、たくさんの村とディオルフォードを繋ぐ中継地点でもあるので、クエストも多いんですよ。だから、ここで冒険者としての旗揚げをする人が多いんです」

「クエスト? なにそれ?」

「依頼の事ですよ。冒険者は基本的にクエストを受注して、達成する事で報酬を得るんです。ディオルフォードなんかだと、研究機関からのクエストが主なんですけど、ここでは近隣の村からのクエストが多いんです。研究系のクエストだと、薬草や鉱物の採集だったり、特定の魔獣の調査だったり、未踏破のダンジョンの攻略なんかが主軸なんで、戦闘経験になるようなものは少ないんです。でも、冒険者は戦闘力がないと始まらない。近隣の村からのクエストは大抵が魔獣討伐なんで、戦闘経験を得るのに丁度いいんですよ」

「採集や調査なんかは分かるけど、未踏破のダンジョン攻略なんて、それこそ戦闘がメインじゃないの?」

「いやいや、ダンジョンでは極力戦闘を避けないと! やむなく戦闘になったら、その時点で撤退です。なにしろ、ダンジョンは基本的に地下空間ですからね。下手に戦うと魔獣を集めてしまうし、壁や天井が崩れて生き埋めになる可能性もある。戦う為にダンジョンへ向かう冒険者はそれこそ狂人と呼ばれるようなタイプだけですね」

「そうなんだ!?」


 そのような話をしている内に納屋へ到着した。中からカリウス達が運び出したのは思っていたよりも大きくて頑丈そうな馬車であった。


「すごく立派な馬車だね」

「昔は父がこれに乗って行商を行っていたそうです。母はその護衛だったとかで」

「なるほど、行商人と護衛の冒険者のラブロマンスかー」


《レベルアップ承認。保有経験値:300を消費。レベル10になりました》

《条件達成。エヴォルク承認。保有レベル:10を消費。『種族:バーニーズ・マウンテン・ドッグ』から、『種族:メタルディザイア』へエヴォルクします》


「そっち!?」


 こっちである。


「わーい! また、お話出来るのね!」

「グォン!」


 この状態ならばバッキーの言葉がより明確に分かる。それにスピードもストーム・ベルーガーの状態と変わらぬ。


「合体するのね?」

「グォン!」


 しないのである。この状態になると思考力が上がるおかげか、いくつか分かる事がある。

 一つはエヴォルクの制限時間である。

 最初にエヴォルクした時はあまり長く状態を維持する事が出来なかった。だが、回数を重ねたおかげかエヴォルク状態を維持出来る時間が伸びている。

 それでも、この状態を維持出来るのは一時間が限界であろう。ただ、立っているだけでも力を消費している。合体すると、更に時間が減ってしまうようだ。

 

「グォン!」


 だから、早く吾輩を馬車と繋げるのである。


《馬車との合体要請を受諾。失敗。馬車には合体システムが搭載されていません》


 知っているのである。貴様には言っていない。


「よーし、ワンちゃんが馬車を引けるように改造するわよ! というわけで、ドクター! 改造する方法を教えて!」

『……朝っぱらから仕方ないのう。じゃが、メタルディザイアにエヴォルクしたのは正解じゃな。ポチよ、脇腹に牽引用のパーツがあるじゃろう?』

「グォン!?」


 吾輩にそんなパーツが!?

 意識を脇腹に傾けてみると、確かにあった。動かし方も分かるのである。脇腹の一部を開閉して、格納されていた牽引パーツを表に出す。


『マリアよ。その牽引パーツの先にフックがあるじゃろ? それを引っ張るのじゃ』

「だ、大丈夫なの? ワンちゃん、痛がらない?」

『大丈夫じゃろう。痛覚はプログラムしておらん。ダメージについてはゲージを視界内に表示しておるから、ダメージ量についてはそこでポチ自身が確認しておる筈じゃ』

「グォン」


 視界にある妙なゲージの正体が分かった。これが吾輩の体力らしい。これが無くなると死ぬようだ。

 恐ろしいゲージである。


「フックを引っ張ったらどうするの?」

『馬車のハーネスが取り付けられている部分があるじゃろう? ハーネスは要らぬから、すべて斬り取って、そこに繋ぐのじゃ』

「ハーネス?」

『本来、馬と馬車を繋ぐものじゃよ。ベルトのようなものがあるじゃろ』

「あっ、これか」


 マリアは目にも止まらぬ剣捌きでハーネスを取り除き、代わりに吾輩の脇腹から伸びたフックを取り付けた。


「これでいいの?」

『ああ、問題あるまい。そういう風にオルフェウスを設計したのでな。ただ、そのフックは合体システムにも使うのでな。合体時には馬車から外さねばならぬ。注意しておく事じゃ』

「りょーかい。ありがとね」

『大迷宮に行くのじゃったな。気を付けるのじゃぞ』

「はーい! っていうか、前から思ってたんだけど、盗聴してる?」

『なんの事じゃー? では、切るぞ。ではなー』

「ちょっと、ドクター! もう!」

「まあ、盗聴してないとおかしいくらいオレ達の現状を把握してたしな」


 なんでも良いが、準備が出来たのなら出発するのである。

 こうしている間にもエヴォルクの制限時間が減っていくのである。再びエヴォルクするには一時間程度のインターバルが必要のようだから、時間は無駄に出来ない。


「グォン!」

「よし! じゃあ、村の外まで行くか。オルグ、外まではゆっくり進んでくれよ」

「グォン」


 分かったのである。

 馬車を引きながら村の入口に向かって行く。すると、昨夜はカリウスに向けられていた視線が吾輩に向けられた。

 仮面の者はいない。祭りは昨夜の内に終わったようだ。


「カリウス! また、出て行くのか!?」

「ミネルバがまた荒れるじゃないの! 彼女を宥めるのは大変なんだよ!?」

「今度はちゃんと行先とか全部伝えてあるから大丈夫だよ!」


 カリウスの母、ミネルバは村人からも恐れられているようだ。

 それからもカリウスを呼び止めようとする村人達の声がひっきりなしだった。


「馬車を引いてるの何!?」

「仲間だよ! 特別なオルグなんだ! 優しい奴さ」


 そうこうしている内に村の入口へ辿り着いた。それまで馬車の後ろについて歩いていたマリア達が車内に乗り込み、御者台にカリウスが座る。


「とりあえず、オレが言う通りに走ってくれ」

「グォン!」


 了解である。


「飛んでついて行くのね!」


 バッキは空へ飛びあがった。さて、フィオレに向けて出発である。

 そう思って、駆け出そうと地面を踏み込む直前、あの声が響き渡った。


「カリウス!!」

「ゲェ!? 母さん!?」

「ゲェ!? じゃない! 見送りに来た母親になんて言いぐさだい!」

「ご、ごめん」


 また、足止めを喰らうのではないかと吾輩はハラハラした。


「無事に帰って来るんだよ! お友達も一緒にね!」

「うん!」

「はい!」

「はーい!」

「了解でさ!」


 マリア達も馬車の窓から顔を出してミネルバに応えた。それで満足したのか、彼女は笑顔で手を振った。


「いってきます!」

「いってらっしゃい!」


 ようやく出発である。なんやかんやで後三十分くらいしかエヴォルクがもたない。飛ばすのである。


《『スキル:エアリア・ブースター』から、『スキル:エアリア・チャージ』を会得しました》

《『武装:ロケット・ブースター』の機能を拡張。成功》


 背中のロケット・ブースターが格納状態から表に出る。

 本来、このブースターは吾輩のエネルギーを利用するものだが、エアリア・チャージによって周囲の大気を取り込み、それを消費する事で起動出来るようになった。

 そのように、ロケット・ブースターだけが作り変えられた。


「グォォォォォオオオオオオオオン!!!」


 吾輩、走り出した。同時に、ロケット・ブースターが動き出す。


「え? え!?」


 吾輩、全速力である!


「は、はやすぎるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」

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