第三十二話『吾輩、大好きである』
吾輩は犬である。名前はポチという。
「ワン!」
「キィ!」
吾輩達はカイトくんの行方を追う為に結晶の館を探す為に大迷宮の主とやらがいるフィレオに向かう事になった。
とんでもない回り道のような気もするが、手掛かりが途絶えていないだけ良しとしよう。
「フィオレに向かうに当たって、問題は移動手段だな。徒歩で向かうには距離があり過ぎる」
「騎乗獣を使う?」
「それもアリなんだけど……」
カリウスは吾輩とバッキーを見た。
「オルグ。エヴォルクして、馬車を引いて貰えるか?」
「ワン!」
構わぬ。
「え? オルグちゃんに!?」
「たしかに、エヴォルクしたオルグたんは普通の騎乗獣よりもずっと速そうだしな」
「なら、馬車を買って来ないといけないわね。お金なら出すよ?」
「いや、実はアテがありまして」
カリウスは地図を取り出した。
「ここから少し進んだ所に分岐があるんですけど、そこを西に曲がるとラサトンがあるんです。そこ、オレの実家があるんですよ。たしか、使ってない馬車があった筈なんです。引いてた馬が引退して、それっきりの奴が」
「へー! ミゼラとヤザンの実家もそこ?」
「ううん、違うよ」
「オレ達の実家はもうちょっと行った先でさ」
「まあ、誰も住んでないから、もしかすると無くなっちゃってるかもだけどね」
「え? それって……」
「子供の頃、村が盗賊団に襲撃されましてね。その時にオレ達以外、全員殺されちまったんでさ」
「略奪されて、家もほとんど焼かれちゃったんだよね」
「親父がオレ達を地下倉庫に隠してくれて、盗賊団が居なくなった後、着の身着のままラサトンまで逃げ延びたっけな」
「そこでわたし達を保護してくれたのが『マスティマ』っていう、冒険者パーティだったの! みんな、いい人だったんだー」
「オレ達の話を聞いて、速攻で盗賊団を討伐しに行ってくれたんだよな」
「そのみんながギャリオン王国に現れた魔人に殺されたって聞いて、わたしとヤザンは討伐隊に志願したの」
「仇を討ってやるって、威勢よく飛び出したのは良いものの、着いたら既に星光の旅団が解決しててガックリしたもんでさ」
軽い口調だが、内容はかなり重たいものだった。マリアは言葉を失っている。
「カリウスとは、討伐隊で組んでからの仲なんでさ。同じ町に居たから、時々はすれ違っていたけど、挨拶する程の仲でも無かったんだよな」
「ああ、そうだったな。最初に会った時は二人共復讐の事ばっかり考えてて、ちょっと怖かったよ」
「マスティマのみんなはわたしとヤザンにとって、大切な恩人だったからねー。正直、彼らと出会えなかったら、こんな風に真っ当には生きられてなかったと思うよ」
「優しくて勇敢な人達だったな」
お気楽な性格の二人が持つ、重過ぎる過去にマリアは思い悩む表情を浮かべている。
「……帝国なら、そんな事は許さなかったのに」
「マリア?」
マリアの呟きにミゼラは首を傾げた。けれど、マリアは応えなかった。自分の思考に没頭しているようだ。
◆
ラサトンには日暮れ前に到着した。
他の集落同様、入口には憲兵が立っていた。どの集落の憲兵も同じ鎧を身に纏っていて、その佇まいから相当な強者である事が分かる。
いつものようにマリアが話を通して中に入ると、そこは夜だというのにやたらと明るかった。
「な、なに、ここ……」
おまけに住民達は揃いも揃って不気味な仮面を被っている。
「ああ、気にしないでください。祭りの時期なんですよ」
「お祭り……?」
「仮面祭です。元々、この辺りはジラルド王国という国の一部だったんですけど、その頃の名残りなんですよ。一年の間、収穫の時期だけ行われるもので、王侯貴族が平民と混じって豊穣を喜び合う為にみんなで仮面を被って祝うんです」
「王侯貴族が平民と混じって?」
「ジラルド王国は小国だった為か、王侯貴族と平民の距離が比較的近かったみたいです。代々の王は平民から愛され、王も平民を愛していた。だから、一緒に喜び合う為の仮面祭が出来たそうです」
「へー……」
よく分からぬが、仮面だらけで不気味な雰囲気である。
「それより、実家はこっちです」
そう言って、吾輩達を案内しようとするカリウスの前に、いきなり鼻がやたらと長い仮面を被った人物が通せんぼをした。
「カリウス!? カリウスじゃないか! 戻って来たのか!?」
「え……、カリウス!?」
「おいおい、カリウスじゃないか! 本物か!?」
「ちょっと、ミネルバ達に誰か報告してやりな!」
「……お前さん、生きて……、良かった」
ぞろぞろと人が集まり始めた。全員が仮面をつけているせいで、凄く不気味である。
「えっと、その声はラボンさん? エギルとミハエルか? えっと、そっちは……、ジェニファーか?」
「この馬鹿たれ! ミルファが亡くなって落ち込むのは分かるが、魔人討伐隊なんぞに志願しおって!」
「みんな、どれほど心配したか……!」
「ミネルバなんて、すっかりやせ細ってしまったのよ!?」
「ジャレッドもだ!」
「ミーシャとクロイツもお前さんの事ですっかりやつれてしまったぞ。ミルファだけでも辛いのに、お前までって!」
「辛いのは分かるが、自暴自棄になるなとあれほど言ったのに!」
「せめて、無事なら手紙くらい寄越せ!」
全員、漏れなく怒っている。カリウスは四面楚歌だ。
「そうだった。カリウスって、婚約者が死んで、自暴自棄になって討伐隊に加わったのよね」
「そりゃ、みんな怒るわな」
「……カリウスは慕われてるんだね」
吾輩達は完全に蚊帳の外である。
「こりゃ、しばらくは解放されないだろうな」
「カリウス! わたし達、酒場で休んでるから!」
どうやら、ヤザンとミゼラはカリウスを見捨てるようだ。
「ワンワン」
「キィ!」
吾輩達も倣うとしよう。
久しぶりの帰郷であるのならば、知人との積もる話もあるであろう。
「え? ちょっ、お前ら!」
「ちょっと! 女の子が二人もいるじゃないの! まさか、アンタ!」
「いや、ちがっ!」
さらばである、カリウス。
吾輩達はカリウスを置き去り、酒場へ向かった。さすがに吾輩とバッキーは中に入れず、中庭でジューシーなお肉を食べる事になった。
「ワンワン」
「キィ!」
実にジューシーである。ワイルドボアという魔獣の肉らしい。皮がカリカリである。
バッキーも気に入ったようだ。
吾輩、肉が大好きである。




