第三十一話『吾輩、嬉しいのである』
吾輩は犬である。名前はポチという。
「ワン!」
「キィ!」
吾輩達はディオルフォードを出た。次なる目的地は結晶の館である。
「どう? カリウス」
「……えっとですね。結晶の館をカイトが発見したのは二年前の事。星光の旅団がフィオレの大迷宮に挑む一週間前の事だったようです」
カリウスが読んでいるのはグライスから渡された結晶の館の資料だ。あまり厚みがない。出し渋まれたのではなく、それしか調査が進んでいないのだ。
「結晶の館はおとぎ話で語られるように、継ぎ目などはなく、一つの結晶を繰り抜いて成形した建造物だったそうです」
「何の結晶?」
「不明と書いてあります。発見時に同行していたカサンドラ・ルーラーとアイギス・フェルマンが破片を持ち帰れないか試してみたそうですが、二人の奥義でさえ傷をつける事が出来なかったようです」
「へー……、カサンドラの奥義でダメだったんだ」
「ちなみに、奥義の詳細は載っていないのですが、どんな感じなんですか?」
「カサンドラの奥義は凄いよ。凄くシンプルなの。拳を振るう。その一点に権能やスキルをすべて注ぎ込んだ一撃。七英雄の武神クレア・リードに憧れて編み出したみたい。アレで破壊出来ないって事は相当だよ」
「なるほど……」
カリウスはあまりピンと来ていないようだ。
「ちなみに、結晶の館には住人が一人居たそうです」
「住人? 誰か、住んでたって事?」
「そうです。ただ、人間ではなかったようです」
「なら、魔獣?」
「不明と書いてあります。ただ、カサンドラとアイギスは人間ではないと断定したみたいですね。ドレスの上にエプロンという奇妙ないでたちの少女の姿をしていたと書いてあります。言葉は一言も話さず、カイト達をもてなしたとも」
「……それ、結構厄介なタイプの魔人じゃない? 人を真似て、油断を誘う。狡猾で危険度の高い魔人が良く使う常套手段だったって、前にドクターから聞いた事があるよ」
「ええ、三度に渡る聖戦の中で魔人の多くは死に絶えたそうですが、その生き残りなのではないかとも書いてあります」
その話は捨て置けぬ。
「魔人なんざ、おっかねぇ。カイトはなんで、そんなもんをまた探そうなんてしたんかねぇ」
「その魔人が可愛かったからじゃない?」
「いや、でも魔人だろ?」
「アンタとカリウスだって、可愛い子を見るとすぐに鼻の下を伸ばすじゃない」
「オ、オレは別に!」
「風評被害だ!」
「そう? 二人がマリアのひらひらスカートの中をこっそり覗こうとしてる場面、何度か見掛けてるんだけど?」
「な、なな、何言ってんだ!?」
「そ、そそ、そんな事するわけねーだろ!!」
「え? 見ようとしてたじゃん。君達、視線が正直だからすぐ分かるんだよ?」
マリアにまで指摘され、ヤザンとカリウスはすっかり青褪めてしまった。
「いや、そんな反応しないでよ。別に怒ってないからさ」
「いやでも……」
「すんません……」
縮こまる二人にマリアはやれやれと肩を竦めた。
「っていうか、気になってたんだけどさ。ミゼラは二人とどうなの?」
「あっ、聞いちゃう?」
「うん。ずっと気になってたから」
「実は二人共彼氏です」
「違う!」
「違います!」
カリウスとヤザンは必死な顔で否定した。
「あー、いけないんだー! 女の子に恥をかかせちゃダメなんだよー」
「そうだそうだー!」
「ふざけんな! 実の妹に欲情なんかするわけねーだろ!!」
「え!?」
吾輩、驚いた。マリアも目を丸くしている。
「え? ヤザンとミゼラって、兄妹だったの!?」
「え、そうだけど?」
「言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないよ! じゃあ、ミゼラはカリウスと付き合ってるの?」
「そうでーす!」
「ちがいまーす!」
ミゼラは頬を膨らませて、不満ですアピールを始めた。
「なるほど、片思いと……」
「いや、マジで違うんですよ。そもそも、オレは既婚者ですから」
「えー!? 既婚者!? 結婚してるの!?」
「え、ええ、そうですよ。まあ、妻とは死別してますがね」
「……そ、そうなんだ」
「だから、わたしが後妻として支えてあげないとって!」
「浮気はしないって言ってんだろ! オレは生涯ミルファ一筋なんだ!」
「……そのミルファに頼まれたのに」
お気楽三人組と思っていたが、思ったよりも人間関係が複雑そうである。
「マリアのパンツ覗こうとした癖に……」
「いや、それはその……、あの……、だって、チラチラ見えそうなんだ!!」
「……うーん。アルフォンスも時々気まずそうにしてたし、恰好を改めた方がいいかなぁ」
マリアの言葉にカリウスとヤザンはうんうんと頷いた。
「もっと丈の長いの履いてください!」
「もしくはズボン履いてください!」
必死である。吾輩には分からぬ感覚だ。
「ワゥ」
「キィ」
吾輩とハバキリなんぞ、常に全裸である。恥じ入るべき場所など一つとしてない。
毛皮がない故に防寒の為の工夫なのだろうが、そんなもので一喜一憂するくらいならば吾輩達を見習えば良いものを、実に愚かである。
「それで、結局どこに向かえばいいのかな?」
「移動する館とそれを追う冒険者ですからね。ただ、海を越える事は無いと思います」
「海を越えないって言ってもねぇ」
「この大陸は広いからなぁ……」
「闇雲に探して見つかるものでもないわよね」
だが、それしかないのならば仕方あるまい。この広い大陸を虱潰しに探すのである。
「よし! ドロシーに聞いてよう」
「え?」
「ドロシーって……」
「まさか、大迷宮の主にですか!?」
「そうそう! 正体不明の魔人の事は正体不明の魔人に聞くのが一番でしょ」
「そ、それはどうなんでしょう……」
「っていうか、大迷宮の主に会うって事は……」
「オレ達、大迷宮に挑むんですか!?」
「そのとおり!」
カリウス達は両手を頬に当てて絶叫した。
「まじでぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「うそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「やべぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
だけど、その目は恐怖や絶望というよりも、好奇心で輝いているように見える。
「四大魔境にオレ達が!?」
「でも、マリアと一緒なら……!」
「いけるかも……、いけるかもしれない! マリアだけじゃない。オルグもいる。バッキーも! オレ達だって、ジュラの麓までは踏み込めるようになったんだ。大迷宮だって、いけるかもしれない!」
カリウスは言った。
「行きましょう、マリア! オルグ! バッキー! みんなで大迷宮を攻略だ!!」
「うん! いこう!」
「ワン!」
「キィ!」
なんだか分からぬが、カリウス達は楽しそうである。
吾輩、嬉しいのである。




