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第三話『吾輩、楽しい』

 吾輩は犬である。名前はポチという。

 

「ワン!」


 吾輩、迂闊にも眠っていたようである。起きた時、カイトくんも眠っていた。

 辺りが暗い。どうやら、洞窟のようである。


「ワゥ……」


 取り囲まれているのである。

 吾輩、ご主人が挽くコーヒーの匂いを的確に嗅ぎ分ける事が出来る自慢の鼻に意識を集中。


《『スキル:スニッフ・サーチ』を会得しました》


 眠ったおかげか、今の吾輩の鼻は絶好調。手に取るように周囲の状況が分かるのである。

 相手の数は十二。蟲の匂いだけではなく、獣や鳥の匂いもする。

 幸運にも、眠っている間に襲われるという最悪は避けられたようであるが、この数を相手に蟲の時同様の立ち回りが出来るかは甚だ不安である。

 だが、臆するわけにはいかぬ。


《『スキル:ブレイブ・ハート』発動》


 吾輩、戦うのである。カイトくんを守るために!


《『スキル:バトルモード』発動》


「ガルルルルルルルル! アオォォォォォォォォォン!!」


 来るならば来い! 吾輩が相手になる! いざ、尋常に勝負!

 宣誓の雄叫びを上げる。すると、匂いが一気に遠ざかって行った。


「ガル……?」


 今まさに洞窟を飛び出そうと後ろ足に力を込めていた吾輩、ポカンである。

 改めて周囲の状況を嗅ぎ分けてみるが、一切の気配がない。


「ワゥ……」


 実に肩透かしてある。しかし、油断は禁物である。

 吾輩、朝になるまで洞窟の入口を睨み続ける。カイトくんに手出しはさせないのである。


 ◆


「……んん、あれ? えっと……、ここどこ? なんか、変な……あれ?」


 カイトくんが起きたのである。


「ワン!」

「あれ……、ポチ?」

「ワンワン!」

 

 一晩中警戒を続けていた吾輩、頑張ったのである。褒めて欲しいのである。

 

「……そっか、オレ、変な鏡に突っ込んじゃって……。先に起きてたんだな、ポチ。おはよう」

「ワゥワゥ!」


 おはようなのである。吾輩とした事が、朝のあいさつを失念していたのである。

 

「うぇ……、手がザラザラだ。髪もなんかベッタリしてるし……、風呂入りたいな……」


 カイトくん、憂鬱そうなのである。そう言われてみると、吾輩の自慢のモフモフボディも少々ゴワゴワ。

 葬儀の前にご主人の娘のナツメちゃんがブラッシングしてくれたのであるが、ここは湿度が高いようである。

 

「お腹も空いた……ってか、喉乾いたな……」


 無理もないのである。散歩中も特に飲み食いはしていなかった。ご主人のカフェの前で会う直前に食べていたとしても、そろそろ丸一日である。

 非常に不味いのである。このままではカイトくんが飢えてしまうのである。少なくとも、一刻も早く水場を見つけなければならない。

 吾輩、必死に鼻をヒクつかせる。


《『スキル:スニッフ・サーチ』発動。対象:水場。失敗。サーチ範囲内に水場はありませんでした》


 言わなくても分かるのである。水の匂いが一切感じ取れなかった。だから、水場ではなく水分の多い果実でもないか探ってみるのである。


《『スキル:スニッフ・サーチ』発動。対象:水分の多い果実。成功》


 見つけたのである。甘い香り。しかし、若干弱い。

 水分の多い果実とは、得てして匂いが弱いものである。逆に水分の少ない果実は匂いが強い。

 ご主人は夏場によく梨やスイカを食べさせてくれたのである。運動の後はバナナをデザートにくれたものである。

 おかげで水分の多い果実と少ない果実を嗅ぎ分ける事が出来るようになった。ありがとうなのである、ご主人。


「ワンワン!!」

「え? ど、どうしたんだ!?」


 吾輩、カイトくんを洞窟から引っ張りだして、果実の匂いの下へ向かう。

 少々、獣らしき匂いが混じっていたが、吾輩達が辿り着く頃には退散していた。好都合である。


「ワンワン!」

「これ、果物!? ブドウみたいだけど……、黄色いな……」


 たしかに、見た目はブドウのようであるが、黄色いのである。

 吾輩、毒を口にした事はないから毒の匂いまでは分からないのである。

 かと言って、カイトくんに毒を喰らわせるわけにはいかないのである。


「ワゥ!」


 吾輩、果物に飛びついた。


「ポチ!?」


 食べられるかどうか、匂いでは分からない以上、吾輩の体で試すしかないのである。

 犬は度胸。いただきますなのである。


「ワフゥ!?」

「ポチ!?」

「ワフワフ! ワオォォォン!」


 絶品なのである。思っていた味では無かったのであるが、まるで完熟バナナのような濃厚な甘みを感じる。そして、たっぷりとした果汁が喉を潤してくれる。

 

「お、美味しいの?」

「ワン!」

「……オ、オレも一個」


 一個と言わず、どんどん食べるのである。これは絶品なのである。

 吾輩とカイトくんはしばらく無言でこの黄色いブドウを食べ続けた。

 

「……この……、バナナブドウ? 美味しいけど、ちょっと甘いね」


 満腹になったのか、カイトくんはしばらくするとゲンナリした表情を浮かべた。

 吾輩には絶品であったが、人間のカイトくんには違ったようである。

 

「とりあえず、いくつか採って、洞窟に運ぼう。森を抜けたいけど、すぐには無理そうだし……」


 カイトくん、表情が暗い。きっと、眠った吾輩を抱えながら、森の中を散々歩き回ったのだろう。

 

「わぅ……」


 励ましてあげたい。だけど、のんびりもしていられない。

 カイトくんの言う通り、すぐに森を抜ける事は難しい。そうなると、まずは生活拠点を作る必要がある。それも、出来る限り日中までに。

 昨夜は幸運にも無事に過ごす事が出来たが、ここは依然ジャングルの中。危険が満載である。


「えっと、小説や漫画だとこういう時はまず火だよな」


 カイトくん、こういう状況を描いた小説や漫画を読んでいたようだ。

 だけど、大丈夫であろうか? ここは森である。迂闊に火を起こせば、大いに燃えそうなものが満載である。


「たしか、地面を掘って、炉を作ってたっけな」


 なるほどである。かまどを作れば、木々への延焼も防げる。さすがはカイトくん。


「あとは洞窟の補強だな。昨日のデカいのが間違っても入ってこないようにしないと……」


 凄いのである。カイトくん、次々にやるべき事を組み立てていく。


「……いっそ、高い所にツリーハウスを作れたら良いんだけど、さすがに無理だよなぁ」


 ツリーハウス。たしかに、洞窟よりも安全そうな気がするのである。なにしろ、洞窟には逃げ場がない。万が一、獣に入り込まれたら窮地に陥るのである。それに、岩の隙間や土の中から毒蛇や毒虫が現れる可能性もある。

 一晩をあの場所で明かせたのは、考えれば考えるほどに幸運だったのである。

 

「ワンワン!」

「ど、どうしたんだ!?」


 ツリーハウスである。ツリーハウスを作るのである。

 吾輩、木に向かって吠える。


「木……、ツリーハウスを作れって言ってる? ってか、もしかしてだけどさ……、オレの言ってる事、分かってる?」

「ワン!」


 分かってるのである。


「……マジかぁ。爺さんもそんな事言ってたけど、マジかぁ……。スゲェ……、ポチ! スゲェ!」

「ワフン!」


 エッヘンである。


「でも、ツリーハウスは難しいよ。そもそも、材料がなぁ……」

「ワゥ?」

「大量の木材がいるし、木をつなぐためのロープもいるんだ。それをしかも、木の上まで持っていかないといけないんだよ」


 どうやら、ツリーハウスを作るのは大変そうなのである。


「ロープは木のツルを束ねればいけるかな? でも、板がなぁ……。せめて、ナタとかオノがないと……いや、あっても出来るかなぁ……」


 吾輩、自分の爪を見る。一晩、洞窟の入口を見張りながら考えたのである。

 時折聞こえてくる声。あの蟲との殺し合い。爪と牙に感じた熱。

 この森にやって来た時の宙に浮く鏡同様、面妖な事が吾輩の身に起きている気がする。

 出来ないかもしれぬ。けれど、出来るかもしれぬ。


「ワオン!」

「ポチ?」


 吾輩、すぐ傍にある木を睨む。


《『スキル:ワイルド・レンド』発動》


 声と共に爪が熱くなっていく。よく分からぬが、木に向かって飛び掛かり、爪を振るってみる。

 まるで、障子なのである。少しだけ、反発するような感触があり、その後はスーッと爪が通り、木の幹が真っ二つになった。

 

「う、うそぉ!?」


 楽しいのである!

 吾輩、もっとやりたいのである。


「ちょ、ちょっと、ポチ!?」


 隣の木に向かって、ジャンプ。

 

《『スキル:ワイルド・レンド』発動》


 木が真っ二つ。

 その隣の木にジャンプ。


《『スキル:ワイルド・レンド』発動》


 木が真っ二つ。

 その隣の木にジャンプ。


《『スキル:ワイルド・レンド』発動》


 木が真っ二つ。

 その隣の木にジャンプ。


《『スキル:ワイルド・レンド』発動》


 木が真っ二つ。

 その隣の木にジャンプ。


《『スキル:ワイルド・レンド』発動》


 木が真っ二つ。

 その隣の木にジャンプ。


《『スキル:ワイルド・レンド』発動》


 木が真っ二つ。

 その隣の木にジャンプ。


《『スキル:ワイルド・レンド』発動》


 木が真っ二つ。

 その隣の木にジャンプ。


《『スキル:ワイルド・レンド』発動》


「ちょちょちょ、待った! これ以上は環境破壊!」


 環境破壊は楽しいのである!

 気が付いた時、森にちょっとした広場が出来ていた。


「ポチ、お前って……」

「ワンワン!」


 吾輩、凄いであろう? 褒めて欲しいのである!


「あーもー、よしよし」


 カイトくん、頭を撫でてくれた。

 吾輩、うれしい。

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