第二十八話『吾輩、トラウマなのである』
吾輩は犬である。名前はポチという。
「ガォン!」
電子音はマリアがDr.クラウンと連絡する際に使用している端末から鳴り響いていた。
「ドクター、何の用!? 今、相手にしてる暇ないんだけど!?」
『……ふむ、お前さんがそこまで焦るとはな。良い出会いと良い旅であった証拠じゃな』
「切るよ!!」
『待て! バーニーズ・マウンテン・ドッグよ! 聞こえているな!? エヴォルクするのじゃ!』
「もうしてる!!」
吾輩が反応するよりも前にマリアが怒鳴りつけた。けれど、Dr.クラウンはめげずに続けた。
『更なるエヴォルクじゃ! メタルディザイアへエヴォルクするのじゃ!!』
「はぁ!? 何言ってるの!?」
『それしかないぞ、バーニーズ・マウンテン・ドッグよ! 出来る筈じゃ。エヴォルクとは可能性。システム外存在である貴様ならば、システムを超越出来る筈じゃ。その状態では誰も守れぬ。やれ! お前にしか出来ぬ事じゃ!!』
わけが分からぬ。だが、可能性があると言うのならば良かろう。出来る事があると言うのならば、吾輩はやる!
《『メタルディザイア』へのエヴォルク要請。棄却されました。『メタルディザイア』は種族として登録されていません》
やると言っているのだ。吾輩はメタルディザイアになる。
人間による改造を受けた存在。それは世界にすらも生命体として認められぬもの。だが、それがどうした。
バッキーもメタルディザイアである。我が友と同じ存在になるのならば、それが何物であっても構わぬ。
エヴォルクとは可能性なのだろう! 吾輩がDr.クラウンに改造される可能性もある筈である。その可能性へエヴォルクさせよ!
《『メタルディザイア』へのエヴォルク要請。『個体名:ポチ』の『個体名:ハロルド・カルバドル』による改造措置を受ける可能性を算出。成功》
《エヴォルクの対象として、『メタルディザイア』の登録を開始》
《『メタルディザイア』の定義設定を開始。成功。『プロセス:改造手術』を進化工程の一種と設定》
《『個体名:ハロルド・カルバドル』の研究データを強制徴収開始》
《『個体名:ハロルド・カルバドル』による割込み申請を受諾。棄却しました》
《『個体名:ハロルド・カルバドル』による割込み申請を再度受諾。棄却しました》
《『個体名:ハロルド・カルバドル』による割込み申請を再度受諾。棄却しました》
《『個体名:ハロルド・カルバドル』による割込み申請を遮断します》
《『個体名:ハロルド・カルバドル』の研究データの強制徴収完了。最適化を開始。失敗》
『当然じゃろう! 科学のかの字も知らぬもんが最適化なんぞ、笑わせるでない!』
「ちょっと、ドクター! 何をしているの!?」
《『個体名:ハロルド・カルバドル』による割込み申請を承諾》
《『メタルディザイア』の種族登録が完了》
《『個体名:ポチ』のエヴォルクの対象として、『種族:メタルディザイア』の登録が完了》
《『個体名:ハロルド・カルバドル』による割込み申請を受諾。承認。『個体名:鋼装狼オルフェウス』を素体として徴収》
《『個体名:鋼装狼オルフェウス』の最適化を開始。『個体名:ハロルド・カルバドル』へ協力要請》
『クハッ! クハハハハハハハッ! 遂に来たか、この時が!! やはり、エヴォルク! それこそがわしの研究の到達点へ欠かせぬ一手であったのだな! さあ、システムよ! 我が研究を! 我が技術を学習するが良い!! これで、魔法と技術は正真正銘の合体を果たす!!』
「ドクター! ワンちゃんに変な事をしたら許さないよ!!」
《『個体名:鋼装狼オルフェウス』の最適化が完了。名称の変更要請。承認。『個体名:鋼装狼ポチ』の作成が完了しました》
『まだじゃ、システムよ! 後一歩先を行け! ハバキリのシステムのすべてを汲み上げよ!!』
「ドクター!!!」
《『個体名:ハロルド・カルバドル』による割込み申請を受諾。承認。『個体名:鋼装鳥ハバキリ』のデータを解析開始。完了。変形システム、並びに合体システムを確認》
《『個体名:鋼装狼ポチ』の素体である『個体名:鋼装狼オルフェウス』にも同様のシステムの存在を確認しました》
『オルフェウスは合体魔神『ジェネシス・ガステリオン』の一部じゃった。そして、ハバキリの素体である爆散したシャドウもな!』
「ちょっと待って、それって前に爆発してた奴じゃないの!?」
《合体システムに致命的なエラーを検出。除去を提案》
『メタルディザイア化だけでこの状況の打破など最初から不可能である事は貴様も承知していよう! バーニーズ・マウンテン・ドッグ……いや、ポチよ!!』
「やめて、ドクター! ワンちゃんも!!」
構わぬ、システムとやら! この状況を打破出来なければ、吾輩に未来はない!
《合体システムの承認を受諾》
《必要経験値はすでに充填済みです。エヴォルクしますか?》
無論! 吾輩はエヴォルクする!
《条件達成。エヴォルク承認。『種族:ライトニング・ベルーガー』から、『種族:メタルディザイア』へエヴォルクします》
「ガオォォォォォォオオオオオオオン!!」
「オルグちゃん!?」
「ワンちゃん!!」
これまでのエヴォルクとは明らかに違う。
吾輩の肉体が作り変えられていく。
「グォォォォォォォオオオオオオオオ!!!!」
体が大きくなっていく。毛皮の一部が装甲に覆われていく。爪や牙が硬質化していく。
損壊していた部分に配線や回路が伸びていく。視界が変化していく。嗅覚と聴覚が鋭くなっていく。
脳に様々な情報が流れ込んでくる。吾輩、背中からミサイルを発射出来るようになったらしい。尾の先からはレーザーも放てる。ロケットブースターにより、通常の走行速度が飛躍的に向上した。
「なんだなんだ!? オルグたんはどうしちまったんだ!?」
「かっこいいのね!!」
ヤザンと共にハバキリも帰って来た。
その鳴き声の意思が今は明確に分かる。
「グオォォォォォォオオオオン!!」
ハバキリよ。我が声は聞こえているか!?
「聞こえているのね! いつも聞こえていたのね! やっと、妾の声が届いたのね!」
あまり想像していなかった話し方であるが、吾輩は嬉しい。
「グォン!!」
ハバキリよ、吾輩に力を貸すのだ。
「了解なのね!」
『さあ、ポチよ! ハバキリよ! 今こそ、合体の時じゃ!!』
「ちょっと待ってよ! 前は爆発してたじゃない!!」
『あの時とは違うのじゃ、マリアよ! 今度の合体は世界そのものが手を加えた合体じゃ!!』
「どういう事!?」
「グォン!」
「いくのね!」
《合体システム起動。『個体名:鋼装鳥ハバキリ』とのユニゾンを開始》
吾輩、走り出す。すると、ハバキリも真上を飛んだ。
視界に数字が浮かび上がる。脳に流し込まれた情報によって、それが吾輩とハバキリの速度である事が分かる。
その速度を一致させた時、視界に『UNISON START』の文字が現れた。
《合体シークエンス開始》
背中の武装とロケットブースターが射出される。そして、上空のハバキリがゆっくりと下降して来る。その間に脇腹や背中の装甲が形を変形させていく。
『さあ、受け取るが良い! イソラ・ゼラスがジュラに現れたという事はそういう事なのじゃろう!? アルトギア、シャロン、アシュリーと同じように、貴様も戻って来たのであろう!』
ハバキリの体が吾輩の体に沈み込んでくる。
なんとも、心地よい感覚なのである。これほどまでに他者と一体化する感覚など、これまで味わった事がない。
《『個体名:鋼装鳥ハバキリ』に内臓されていた『神器:エクセリオン』により、『雷帝の権能』と『魔王の権能』の不具合を解消可能。復元致しますか?》
復元せよ。今は少しでも力が必要である。
《『雷帝の権能』と『魔王の権能』の不具合を解消を承認。成功。『雷帝の権能』と『魔王の権能』が復元しました》
『ポチよ! 役割を変える必要はない! 貴様が征け!』
「グォォォォォン!!」
そろそろ黙れ! 貴様の役割はもう仕舞である。
言われずとも、今の吾輩ならば魔弾の射手の下へ辿り着ける。だが、マリアは魔王と戦いたがっていた。
《『スキル:雷霆招来』の再取得に成功しました》
《『スキル:レクス・トニトルス』の再取得に成功しました》
《『スキル:レガリア・ストライク』の再取得に成功しました》
さあ、マリアよ! 交代である。
《『スキル:雷霆招来』発動》
雷が嵐の如くディオルフォードを包み込む凄まじき雷光と音の暴虐によって、一人を除くすべての者の思考を奪い去った。
「ありがとう、ワンちゃん」
「グォン!」
征くのである剣聖よ! お前の祖父の友がそこにいる!
「不思議。なんでだろうね。言ってる事が分かるよ。そっか、ネルゼルファーはお爺ちゃんの友達だったんだね」
マリアは剣を抜き、駆け出した。その速度はまさしく疾風迅雷。されど、放たれる魔弾は光の速度。そのすべてをマリアは斬り裂いた。
理解不可能な光景である。見えた時には既に着弾している矢を斬るなど、どう考えても不可能であろうに。
だが、不可能を可能とする者には覚えがある。嘗て、吾輩を葬り去った優しき少年。彼もまた、不可能を可能とする者だった。
「グォン」
魔弾の射手がこちらに矢を放った。マリアが守る為に動きを止める事を期待したのであろう。
実に浅はかな判断である。
貴様のそれは吾輩の城を墜とした。その時点で既に対策は練ってある。だからこそ、吾輩は貴様ではなく、メナスに討たれたのだ。
対象以外の森羅万象を無視する一撃。だが、それは貴様の権能によるもの。『魔王の権能』は互角である。だが、『朱天の権能』を含めた他のすべての権能は『雷帝の権能』に届かぬ。
「グォォォォォォオオオオオオオン!!!」
我が雷霆は貴様の魔弾を通さぬぞ。そして、吾輩の方へ矢を放った事で致命的な隙を作った。既にマリアはネルゼルファーに肉薄する位置まで辿り着いている。
「グォ……」
おお、懐かしき光景よな。あの技こそ、吾輩を葬り去った勇者の一撃。世界そのものを斬り裂く、究極斬撃『ガイス・レヴァリオン』。
少々、おしっこをもらしてしまったのである。
「合体中におしっこもらさないでほしいのね……」
「グォン」
すまない。でも、吾輩にとって、あれは死因なのである。
吾輩、トラウマなのである。




