第二十六話『吾輩、希望を見つけた』
吾輩は犬である。名前はポチという。
「ワン!」
「キィ!」
吾輩、カリウスが語る三年前の事件に耳を傍立てた。
「『死を滅ぼす者』と自らを呼称した魔人は何かを探しているようだったと聞いています。その為に破壊と殺戮を繰り返し、夥しい死者を出しました』
「……三年前」
マリアは何かを思い出すように首を捻り、「あっ……」と気まずそうな声を発した。
「どうしました?」
「……な、なんでもない」
目が泳いでいる。
「何か気になる事でも……?」
「なんでも無いってば!」
「そ、そうですか?」
「ほら、話の続き! 教えてよ!」
「は、はい」
何かを誤魔化すような素振りである。怪しい。非常に怪しい。だが、カリウスはそれ以上追及しなかった。
「解決したのは『星光の旅団』です」
「あっ、それは聞いた事あるよ! カサンドラが所属してるパーティでしょ!? 何度か挑まれた事があるの!」
「剣聖様に!? いやまあ……、彼女ならあり得る話ですね……」
カサンドラとやらは二人の共通の知人らしい。
「また、挑みに来てくれないかなぁ。彼女、変身するじゃん! それがもう、すっごいカッコ良くてさー!」
「あはは、分かります。あれはカッコいいですよね。オルグのエヴォルクもですが、姿形が変化するタイプのスキルは非常に希少で、どれも強力だから憧れますよ」
「だよねだよねー! わたしもやってみたいんだけど、剣聖の権能には変身スキルが無いんだよね……」
マリアはすごく残念そうに深い溜息を零した。
「それなら、変装のスキルはどうですか? 変身ではないんですけど、装備を一瞬で切り替えるスキルがあるんですよ。冒険者の中でもソロで活動するタイプだと覚えている人が多いんですけど、ここのギルドでスキル講習を受けられる筈ですよ」
「ほんと!? えー、どうしよー! 受けてみようかなー!」
「ソロの冒険者以外でも、戦闘の時以外はオシャレをしていたい女性にも人気のスキルですよ。ただ、不意の戦闘の際には一手遅れてしまうので注意が必要ですけどね」
「へー! 冒険者って、本当に面白いね!」
マリアが楽しそうだ。それは良い事だ。だが、そろそろ話を戻せ!
「ワン!」
「うわっ!? ど、どうした!?」
「ワンワン!」
「話を戻せって言ってるんじゃない?」
「あ、ああ! ちゃんと聞いてるんだな……」
聞いているのである。だから、早く続きを話すのである!
「えっと、どこまで話したっけ……」
「カサンドラのパーティが事件を解決したって所まで」
「ああ、そっか! そうそう、当時の星光の旅団はフィオレの大迷宮の攻略に乗り出して、迷宮の主に敗れたとかで、ジュラへ修行に来ていたそうなんだ」
「まあ、カサンドラでもドロシーには勝てないよね」
「ドロシー?」
「大迷宮の主の名前。知らないの?」
「知らないですよ!? だって、謎の塊じゃないですか!」
「そうなの? まあ、気まぐれだもんね、彼女」
「は、はぁ……」
また、話が逸れそうなのである。
「ワン!」
「わっ!? ああ、分かってるよ。えっと、そうそう! 修行に来ていた星光の旅団は樹海で少年を拾ったらしいんだ。ほら、彼ですよ。さすがに知ってるでしょ? 結晶の館を見つけ出した事で一躍有名になった、ほら!」
「結晶の館……? えーっと……、陛下から聞いた事があるような……、無いような……」
「そ、そうですか……」
樹海で少年を拾っただと!?
「ワンワン!!!」
「ど、どうした!?」
「ワンワンワンワンワンワン!!!!!!」
聞かせろ! その少年の事を早く聞かせるである!!
「なんだなんだ!?」
「もしかして、その少年の事が聞きたいんじゃない? ジュラって言えば、ワンちゃんが居た所でしょ? もしかして、テイマーって……」
「えっ!? そういう事か!?」
「ねぇ、その少年の名前は!?」
「カ、カイトです」
吾輩、開いた口が塞がらないのである。
長々と旅をしたというのに、答えは常に目の前にあったという事だ。
「……カイトくんなの? 君のテイマー」
テイマーではない。だが、探していたのはカイトくんなのである。
「そうだったのか……」
おのれ、カリウス! 知っていたのならもっと、早くに教えるのである!
「ワンワンワン!」
「わっ!? おい、怒るなよ! お前が探してたのがカイトだなんて、知らなかったんだよ!」
兎にも角にも、ようやくである。ようやく、カイトくんの痕跡を見つける事が出来た。
星光の旅団。そこにカイトくんがいる。
「ワオォォォォォォォォォォォォォン!!!」
吾輩、ようやく希望を見つけたのである。
「……そっかぁ」
「良かったじゃないですか。こんなに喜んでるんだから」
「うん……。良かったよね。星光の旅団は今どこに?」
「以前はバルサ―ラ大陸で活動していたらしいのですが、その後の事は分かりません。ただ、ここの冒険者ギルドで聞けば、ある程度は教えてもらえると思います」
「じゃあ、行こう!」
遂にカイトくんと再会出来る。吾輩は嬉しくて堪らない。
「キィキィ」
「ワオン!」
ハバキリよ。貴様にも会わせてやろう。とても優しい少年なのである。
カリウスにも、マリアにも、ミゼラにも、ヤザンにも会わせたいのである。きっと、仲良くなれると思うのである。
「ここだ」
そして、吾輩達は冒険者ギルドに辿り着いた。そこはまるで、テレビで見た城のようであった。
その敷地へ一歩足を踏み入れようとした時だった。
全身の毛が逆立った。マリアも既に剣を抜いている。そして、彼方から深紅を光が飛んで来た。




