第十六話『吾輩、悲しい』
吾輩は犬である。名前はポチという。
「ワン!」
吾輩、ミゼラ達と共にマリンシアという港町へやって来たのである。
この街にもカイトくんの痕跡が残っていなかった。
「はい! 野盗の討伐報酬、600バロンだよ!」
落胆しながらミゼラ達と海を見つめていると剣聖が大量の金貨を持って来た。
「600バロン!?」
「一年、遊んで暮らせる額じゃねぇですか!?」
「すっげ!」
貨幣としての価値が如何ほどのものか、吾輩には分からぬ。だが、ミゼラ達の反応を見るに、相当なものらしい。
「結構な大物だったみたいね。生け捕りだったから、彼らから搾り取れる情報も加味されての600バロンよ」
「お手柄だね! オルグちゃん!」
「ワン!」
よく分からぬが、褒められるのは嬉しいのである!
「ワンちゃんに渡したい所なんだけど……」
剣聖は何やら困った様子だ。
「お財布を首から提げても大きくなったら紐が縮れちゃうし、千切れない紐だと首が締まっちゃうし、そもそもお金使えないだろうし……」
金貨を吾輩に渡そうとしているようだ。
吾輩、要らないのである。
「というわけで! どうせだから、マリンシアの美味しいものをお腹いっぱい食べるのに使っちゃおう! ワンちゃんもお魚食べたいでしょ!?」
「ワン!」
吾輩、肉も好きだが、魚も好きである!
「名案!」
「さすがでさ、剣聖様!」
「600バロンもあれば、マリンシア名物のスシも食べ放題だろうな!」
スシ。聞き覚えのあるワードが飛び出して来たのである。
魚とスシ。即ち、寿司であろうか? ご主人の大好物である。よく、コーヒーと一緒に食べていた。ご主人の娘からは大不評だったが、ご主人にとっては至高の組み合わせだったという。
吾輩も犬用にアレンジされたものを食べた事があるが、絶品であった。
「ワンワン!」
寿司食べたいのである!
「おっ! オルグもスシが食べたいのか?」
「ワン!」
「ははっ、分かってるな!」
カリオスは嬉しそうに吾輩の頭を撫でた。
「寿司かぁ! いいね、いいね! わたしも前にドクターが持って来てくれた寿司を食べてみた事があるんだけど、美味しかったなー! マリンシアの名産なんだ!」
「剣聖様も認める味かぁ! こいつは楽しみだ!」
「変な名前だけどねぇ。スシって」
ヤザンとミゼラは初めての様子だ。これは反応が楽しみである。
「カリオス。どこか美味しいお店は知ってる?」
「はい! スシ発祥の店があると聞きます。是非、そこに行ってみましょう!」
スシ発祥の地? ご主人は寿司を日本が生んだ世界最高の美食とよく言っていたのである。ちょっと、怪しいのである。
吾輩は少々訝しみながら、カリオスの後に続いてみた。
しばらく歩くと、何とも奇妙な建物が見えて来た。
「ワゥ……?」
和風のテイストがありつつ、中華風でもあり、欧風でもある。
チグハグで混沌としている。
「ここ?」
剣聖もちょっと警戒感を示している。店構えが怪し過ぎる。
「ここです!」
だが、ここだった。カリオスは瞳を輝かせている。まるで、憧れの存在に出会った少年のような輝きである。
「というか、剣聖様はここを知らなかったんですか?」
「……マリンシア自体が初めてだしね」
「でも、聞いた事くらいはあるのでは?」
「いや、無いけど……、どうして?」
「だって、ほら」
カリオスは店の前にあるブロンズ像を指差した。
「……えぇ」
剣聖はドン引きしている。
「なんで、うちの始皇帝の銅像がこんな所に!?」
「始皇帝!?」
「えっ、カルバドル帝国の!?」
そう言えば、前に剣聖がミゼラを帝国に連れて行こうとしていた。
その帝国の正式名称はカルバドル帝国というらしい。吾輩、一つ賢くなったのである。
「ほんとだ。カルバドル帝国の偉大にして、崇高なる始皇帝ハロルド・カルバドルって書いてある」
「スシの発案者とも書いてあるな」
ミゼラとヤザンがブロンズ像の横にある石碑の文章を読み上げてくれた。
なんと、一国の王がスシの発案者を詐称していた。とんでもない奴なのである。
「……なんか、余計に入りたくなくなって来た」
剣聖はすっかりテンションが落ちていた。
「どうして!?」
カリオスには剣聖のリアクションがショックだったようだ。
「どうしてって言われると困っちゃうんだけどさ……。なんか、イヤ」
「そんな!? あなたの国の始皇帝ですよ!? 偉大にして、崇高なんですよね!?」
「それ、自称なんだもん」
「自称!? 偉大にして、崇高なるが自称!?」
中々に愉快な男だったようだ。
吾輩、改めて銅像を見た。笑顔である。すごく、晴れやかな笑顔である。その手をよく見ると、寿司を持っていた。
スシはやはり、寿司であった。
「ワンワン!」
胡散臭い事この上ないが、同時に面白そうな男である。その男が築いた城。吾輩、興味が湧いたのである。
言い争っている剣聖とカリウスを吠え、吾輩は店へ向かって歩き出した。
「入るの!? もー……、しょうがないなー」
「さすが、オルグ! 剣聖様でも逆らえないな!」
「美味しくなかったら、この銅像を斬り刻む……」
「そんな!?」
「ワンワン!」
物騒な事を言ってないではやく来るのである!
扉を二本足になって、器用に開ける。拍手喝采が巻き起こった。吾輩、クールに笑う。
「ワフン!」
「得意げだー!」
「かわいい!!」
中に入ると、そこには巨大な肖像画が置かれていた。もちろん、ハロルド・カルバドルその人である。バラを咥えている。剣聖は剣を鞘から引き抜いた。
「剣聖様、待ってください!!」
「止めないで!! 国の恥!!」
「始皇帝!! 国父!! あなたの国の皇帝陛下!!」
「知るか!! 皇帝陛下だって、気に入らなければ斬る!!」
「問題発言止めてください!!」
「ワン!!」
飲食店で騒ぐのは止めるのである!
叱りつけると、剣聖は吾輩の意図を汲み取ったのか、頬を膨らませながらも剣を鞘に戻した。
「さすが、オルグだ!!」
カリオスに抱き上げられた。
「やっぱ、お前って最高だな」
どうやら、相当にテンションが上がっているようだ。大分スキンシップが激しい。ヤザンとミゼラは物凄い目でカリオスを睨んでいる。
「お待たせ致しましたー! 四名様ですか? すみませんが、ペットの同伴はご遠慮いただいておりまして……」
「ワゥ……」
そう言えば、基本的に飲食店はペットNGであった。
吾輩、カリオスの腕から飛び降りる。悲しいけれど、吾輩も飲食店でアイドルドッグとして働いていた身である。ルールは守るのである。
「クーン……」
吾輩、悲しい。




