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第十話『吾輩、助けるのである』

 吾輩は犬である。名前はポチという。


「ワン!」


 吾輩、目を覚ました。飛び起きると、体の不調は完全に癒えていた。

 急いで、カイトくんの匂いを嗅ぎ分ける。


《『スキル:スニッフ・チェイス』発動。対象:祠堂戒人。失敗。サーチ範囲内に祠堂戒人の痕跡は残っていませんでした》


 匂いがない。何故だ!? ついさっきまでそこに居たのだ。多少は薄れようとも、残っている筈だ!


《『スキル:スニッフ・チェイス』発動。対象:祠堂戒人。失敗。サーチ範囲内に祠堂戒人の痕跡は残っていませんでした》


「ワゥ!! ワンワン!! ワオォォォォォン!!」


 どうして!? 何故、匂いが残っていない!? ついさっきまで、そこに――――、


「ワフ……?」


 おかしい。辺りの様子が妙だ。ここは本当にさっき意識を失った場所なのか!?

 森の中ではある。だが、枝に葉がない。それに、肉球の先から冷たさを感じた。土が冷たい。

 

「……ワゥ」


 吾輩、分かってしまった。

 季節が変わっている。吾輩は予想以上に長く眠っていたらしい。それこそ、カイトくんの痕跡が完全に消え去るほどの長い時間。

 

「ワンワン!!」


 カイトくんに会いたい。吾輩、走った。


《『スキル:疾走』発動》


 森を駆け抜けながら、人間の痕跡を探す。


《『スキル:スニッフ・チェイス』発動。対象:人間。失敗。サーチ範囲内に人間の痕跡は残っていませんでした》


 吾輩が山を降りた時、人間がいた。それが万に一つの奇跡だったわけではあるまい。

 ここは人間の行動範囲内なのだ。だから、探せば人間の痕跡を見つけられる筈だ。


《『スキル:スニッフ・チェイス』発動。対象:人間。失敗。サーチ範囲内に人間の痕跡は残っていませんでした》


 今は冬なのだろう。だから、人間の行動範囲が狭小化して、痕跡を見つけ難くなっているのだろう。

 まずは森を抜けよう。木々をすり抜け、途中で遭遇した熊のような大きさのネズミを喰らい、頭部がやたらと赤い猿を蹴散らし、トカゲの頭上を超え、翼を生やした蛇を退け、時折木の上に登って方角を確かめながら走り続ける。

 陽が沈む頃、ようやく森を抜けた。そこは草原だった。

 

《『スキル:スニッフ・チェイス』発動。対象:人間。成功》


 見つけたのである。人間の痕跡を目指し、更に速度を上げていく。痕跡に辿り着くと、次の痕跡へ移動していく。やがて、人間そのものの匂いに辿り着いた。


「ダメだ! 逃げろ!」

「クソッ! あれはイグノス武国の!?」

「なんで、こんな所に現れるんだ!?」


 人間は何者かに襲われていた。面妖である。生き物のようであるが、その身には鋼の装甲が張り付いている。


「追いつかれる!?」

「ヤザン! ミゼラを連れて逃げろ! オレが囮になる!!」

「カリオス!? 馬鹿を言うな! だったら、オレが!!」

「問答してる時間はない! ミゼラを死なせる気か!? 先に言ったのはオレだ! オレが残る! 行け!」

「カ、カリオス……!」


 状況はよく分からぬが、死なれては困る。人間の集落へ案内してもらう必要があるのだ。

 だから――――、


《『スキル:レイジング・レンド』発動》


 助けるのである。


「なんだ!?」

「赤い斬撃!?」

「だ、だれ!?」


 鋼の鳥に向かって、赤と黒が入り混じる光の刃がまっ直ぐに飛んでいく。けれど、あれほど容易くウサギ共を切り伏せた一撃が鋼の前では無力であった。

 かすり傷一つ負った形跡がない。あのジャングルでは出会わなかった、桁違いの対敵者である。


「あれは……、オルグなのか!?」

「な、なんで……」

「今のって……、助けてくれたの……?」

「ワン!」


 助けたのである。さっさと退くのである。その意思を込めて吠えると、吾輩は鋼の鳥に向き合った。

 鋼の鳥もまた、人間から吾輩にその意識の矛先を変えた。

 実に面妖である。生き物ならば、如何なる存在であれ、吾輩には意図が分かる。だからこそ、音は違えども、喋る生き物の言葉を理解する事が出来る。

 にも関わらず、この鋼の鳥からは何も伝わってこない。人間を襲っていたにしては殺意すら宿していない。


「ガルルルルル!」


《『スキル:バトルモード』発動》


 得体が知れぬ。だが、どうでもいい。吾輩はカイトくんの下へ辿り着く。その為には人間の案内が必要なのだ。

 だから、人間を守る。人間を害する貴様を滅ぼす。

 鋼を斬れぬのならば、斬れるようになる。


《『スキル:レイジング・レンド』から、『スキル:スラッシュ・レンド』へ派生しました》


 これは飛ばぬ。何故かは知らぬが分かる。鋼の鳥に肉薄し、爪を振るう。

 

「ガルッ!」


 甲高い音が鳴り響いた。その鋼にうっすらと痕が残った。けれど、それだけだった。斬るには至らず、その鋼の隙間から妙な筒が飛び出してきた。


「逃げて!! 撃たれるわよ!?」


 人間が叫んだ。何の事を言っている!? 吾輩、分からなかった。けれど、すぐに言葉の意味を体感させられた。

 筒から目にも止まらぬ速度で何かが放たれ、吾輩の肉体を貫いた。

 これが撃たれたという事なのだろう。激痛が走り、吾輩の肉体は地面を何度も弾みながら転がった。


「ガゥ……、グルルルル」


 まずい。予想以上である。今の吾輩では到底敵わぬ相手だ。


「何してるんだ、ミゼラ! そのオルグが戦ってる間にさっさと逃げるぞ!」

「でも、この子が死んじゃうわ!」

「魔獣同士が戦ってるんだ! そいつだって、人間を襲う! 放っておけ!」

「でも!」

「ミゼラ! このままだと全員死ぬぞ!」

「で、でも、だからって……」


 ミゼラという名の人間は吾輩の前に立った。

 馬鹿な事をするな。三人もいて、逃げる事しか出来なかったのだろう? ならば、貴様に勝ち目などない。

 

「ガルルルル!!」


 そこを退け! カイトくんの下へ辿り着く為、貴様に死なれては困るのだ!


「大丈夫よ。わたしが守るから!」


 守るのは吾輩である! そこを退くのである! 他の二人の人間のように逃げるのである!


「ミゼラ! クソッ!」

「こうなったら、やってやる! おい、オルグ! 間違っても、オレ達を襲うんじゃねーぞ!」


 残りの人間まで戻って来てしまった。このままではダメだ。人間達が死んでしまう。

 カイトくんの下へ辿り着く為の手がかりが無くなってしまう。

 それに、ミゼラは死なせたくないのである。ご主人のカフェで吾輩と遊んでくれた人間達と似た雰囲気があるのである。

 

《保有経験値:238,168,236,933,897,698。レベルアップに使用しますか?》


 あの時の力を……いや、あの鋼を倒す為に更なる力を寄越すのである!


《レベルアップ承認。保有経験値:1000を消費。レベル30になりました》

《条件達成。エヴォルク承認。保有レベル:30を消費。『種族:バーニーズ・マウンテン・ドッグ』から、『種族:ナイトメア・ベルーガー』へエヴォルクします》


 全身が溶けていく。燃え盛る炎の中にいる。内側から棘が生えてくるような激痛にのたうち回りたくなる。

 そして、吾輩の肉体は死を迎え、吾輩の肉体は生を得る。

 視界が高くなり、見下ろした先にある前足の爪は光沢のある漆黒の刃となった。毛皮の色は夜空のような紫色に染まり、眉間からも刃が突き出した。

 

「え? え?」

「なっ……、はぁ!?」

「こ、これ……、これ、こいつ、ベルーガーじゃねーか!? しかも、黒いベルーガー!?」

「ベルーガー!? でも、なんでこんな所に!? ってか、さっきまでオルグだったじゃねーか!?」

「……変身した」


 人間達が騒がしい。悠長な事である。


「ガオン!」


 鋼の鳥は人間達を撃とうとしていた。吾輩はその筒ごと、鋼の鳥の翼を引き裂いた。

 

「え!?」

「見えなかった!?」

「メタルディザイアの装甲を切り裂いた!?」


 どうやら、この鳥はメタルディザイアというらしい。

 翼の断面には肉と鋼と管が入り乱れ、実に奇怪である。それに、翼を半分失った筈なのに、まだ飛んでいる。


「ガオン!」


 更に、複数の箇所から筒を出し、一斉に撃ち始めた。今の吾輩ならば避けるのは容易いが、人間達が死んでしまう。

 さっさと逃げぬからだ。吾輩は仕方なく、人間達の前に移動した。

 全身を撃たれ、そこそこ痛いのである。だが、さっきのように血が出るほどではなかった。


「……これって」

「マジか……」

「守ってくれた……」

「ガオン!」


 いい加減、逃げるのである! 邪魔である!


「っへ、心強いじゃねーか」

「ほんと、マジかよ。魔獣と共闘とか、あり得んのか!」

「ゴチャゴチャ言わない! 戦うよ、二人共! ベルーガーと一緒に!」

「ガオ……」


 違う。逃げるのである。邪魔なのである。なんで、戦おうとしてるのであるか!?

 また、メタルディザイアが撃って来た。庇わねば、人間達が死んでしまう。


「今度はわたしが守る! カタキタテヨ、ワレラヲマモレ!」


 後半、変な片言になったのである。そして、撃つが吾輩の前で止まったのである。


「今よ、カリオス! ヤザン!」

「おう!」

「ああ!」

「ガオ!?」


 何故、飛び出していくのであるか!? 吾輩、大慌てである。


「喰らいやがれ、鳥野郎! オレの拳は超絶イテェぞ!」


 ヤザンという人間の拳が赤く輝いた。そして、メタルディザイアの鋼をへこませた。吾輩、ビックリである。


「こっちも喰らっとけ! エリアル・レンド!」


 カリオスという人間は剣を振るった。その斬撃は驚く事に鋼に一筋の線を引いた。

 吾輩が大きくなる前の全力よりも威力が上のようだ。

 決定打にはなっていない。だが、メタルディザイアは右往左往しているようだ。まるで、誰に意識を向けるべきか分かっていないようだ。


「混乱してる……? そうか! メタルディザイアは脳も改造されてるって聞いた事があるわ! きっと、単純な行動しか取れないのよ!」

「逃げずに戦うのが正解だったってのか!?」

「なるほどな、俺達三人とベルーガー。同時に相手するにはおつむが足りてねぇって事か!」

「ガオン」


 なるほど、よく分からぬ。だが、今が好機という事なのだろう。

 

《エヴォルク。制限時間:1分》


 体から光が抜け始めている。そろそろ、元に戻りそうだ。その前に一気に決めるのである。


《『スキル:ファントム・レンド』を会得しました》


 吾輩の体はメタルディザイアの体を通過した。そして、その体は鋼の装甲ごと四散した。


「おお!?」

「何が起きた!?」

「今、ベルーガーがメタルディザイアの体を通り抜けなかった!?」


《エヴォルク、終了》


 元に戻ったのである。

 また、眩暈がした。不味いのである。また、眠ってしまうのである。これでは、何の為に人間を助けたのか分からぬ。

 

「オルグに戻った!?」

「お、おい、大丈夫か!?」

「治療しなきゃ!」


 意識が保てぬ。

 吾輩、カイトくんに会いたいので……、ある。

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