第八十話 目線を下に1ミリ
「ちょっと、きららさん?これ絶対やばいですって」
「仕方ないじゃん!人来ちゃったんだし」
ほんの数分前の出来事だ。
事の発端はこう。
合唱の前に貸した制服を返すと言い出したきららさん。
別に寒くはなかったし僕は良かったんだけど。
女子トイレの個室で着替え終わるのを待っていた僕だった。
「あーー!自分の制服忘れた!取ってきて!席の下にある!」
トイレから声が聞こえてきた。
どうやら、着替える自分のシャツを忘れてきたらしい。
本当に適当に突っ走るなーと思いつつも、僕は体育館の席に戻り、シャツを回収した。
まるで下着泥棒みたいで十分恥ずかしかったけれど…問題はそのあとだった。
「持ってきました!」
女子トイレに着いた僕はどうやってシャツを渡すかで困っていた。
「ナイス!上から投げて!」
「いやそれだと女子トイレ入らないといけないですよ」
「いいじゃん、誰もいないんだし」
「えーー!あとでいじるのは禁止ですよ?」
「わかってる、わかってる!」
僕は個室の前まで来た。
よくよく考えれば、一度服を着てから取りにくればいいのでは?
「じゃあ、行きますよ?」
「うん!」
僕はシャツを投げた。
バサッ!!
「あっ引っかかった!」
「すみません、そっちから取れます?」
「多分!」
シャツがドアの一番上の何かに引っかかってしまった。
ドアと個室を繋いでいるアーム?のような部分だ。
きららさんが取るのに苦戦している間に…。
「1年生の合唱すごかったね?」
「ね!去年のうちらよりレベルが高い気がする!」
廊下から声が聞こえてきた。
他の女子生徒が来てしまった。
その場で隠れられそうなところを探したが…
「きららさん、やばい!他の生徒が来ちゃった!」
ガチャ!
生徒がトイレに入る一瞬前くらいに僕は個室の中に吸い込まれていった。
一旦、他の女子生徒に目撃されるということは避けられたが…
この状況は非常にまずい…
現状、きららさんと僕は身長差がそこまでないからか、15cm定規くらいの距離感で目が合ったままである。
というか、目を背けることはできない。
なぜならば、きららさんの格好はとても人前には出られないような格好だからだ。
きららさんも目線を動かすなと言わんばかりな表情に見えた。
幸い、ドアを開けた拍子に上に引っかかっていたシャツが落ちていい感じに隠れている。
何かが、そう何かがね。
「なんか舞台で転けた子いたよね」
「それな。めっちゃウケるわ、てかなんで表から行ったん?」
「まじ、それ。でも合唱曲は良かったよね!」
入ってきた女子生徒が鏡の前あたりで喋っている。
内容は僕のことだ。ここにいるなんて微塵も思ってないと思うけど
一方僕らは…
「・・・・・・」
「・・・・・・」
依然として、体勢を変えずに耐えている。体幹トレーニングかというくらいに身体中に力が入る。
早くトイレから彼女らが出ていってくれっ、と願うくらいしかできない。
肩に乗っかっただけのシャツが徐々にするすると下に落ちようとしていた。
それは悲劇だ。
頼む、頼む、頼む、耐えてくれ…。
なんでこの学校のトイレはこんなにも狭いんだと憂いた。
キュッキュッキュッ!
蛇口を閉める音が聞こえ、話し声が遠のいた。
おそらくトイレの外に女子生徒が出ていった!
良くも悪くも二人とも強張っていた肩の力が抜けた。
パサッ!
シャツがずり落ちた。
僕が目線を下に1ミリ動かした瞬間
ガチャッ!
ドサッ!
つづく
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。




