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009_わたくし、脅されましてよ

 リゼットは感じたことのない恍惚に浸っていた。

 これまで築き上げてきたものを全て壊そうとしている。そんな自分を止めるどころか。


 身体の中が溶けて流れ出してしまったような、甘い熱をはらんだ喪失感。

 ああ、わたしはどうしてしまったのかしら。


ユリオ「……もう一度、言ってくれ」


 つい、さっきまで婚約目前の恋人同士だったユリオ王太子は、事実を受け入れられず、視線をさまよわせた。

 聞き違いであって欲しいと願っているのだろう。だが、その願いを叶えることは出来ない。


リゼット「婚約のお話を、白紙にしていただきたいのです……」


 もう一度、リゼットは言った。


ユリオ「なぜだ、なぜ急に?!」


 リゼットはうつむいた。喜びが溢れてしまわないように、笑みを気取られないように、表情を作った。


リゼット「それは、申し上げられません……」


 ユリオは、わなわなと口を震わせた。

 たくさんの思いが、言葉になって飛び出そうと、喉元で渋滞しているようだ。


ユリオ「……父上にも、紹介したのに……?」


 ……最初に出る言葉がそれなのね。

 リゼットは今、踏み出した自分の一歩が、間違いでないことを確信した。


 リゼットは無言で一礼し、部屋から退出した。

 弾みそうになる足をおさえて、足早に立ち去る。


 背後から、怒号混じりに呼び止めようとするユリオの声が聞こえるが、届かない。

 一刻も早く、このことを伝えたい方がいる。


 ……お父様がこのことを知ったら、どうなってしまうかしら。

 リゼットは、ふと、遠い領地で自分を、いや、自分がもたらす出世の報せを待つ父親に思いをはせた。

 きっとお怒りになるだろう。勘当されるかもしれない。

 どうでも良い。


 ……社交界の立場はどうなるだろう?

 あることないこと噂になり、これまでの地位は見る影もなく崩壊するだろう。

 きっと、嘲笑われ、蔑まれ、哀れみすら受けるだろう。

 どうでも良いわ。


 リゼットには、この逸る足が全てだ。


 早く、あの方に伝えたい。

 私は、真実の愛に生きると。


********


 だから、クラリオの反応は、リゼットには信じられないものだった。


 どのようにしてクラリオの前に立ったか、覚えていない。

 とにかく早く、早く会おうとした結果だ。


 だがそこには、クラリオの笑みも喜びも、優しい抱擁も甘いささやきもなかった。


 驚き、困惑、苦悩の中には哀れみすら感じられた。

 こんなはずじゃない。こんなはずじゃなかったのに。


 そんなつもりはなかった?それを言われたわたしは、どうすれば良いの?

 すべてを捨てて、ここに来たのに。


 リゼットは言葉にならない声をあげて泣いた。

 クラリオはおずおずとリゼットの背に手をあてた。


 やめて、触れないで。

 わたしの身体に、愛以外の感情で触れないで。


 ああ、どうして、どうして、どうして……

 もう、手段を選べない。


 リゼットの涙が、すっと引いた。

 泣きじゃくっていたさっきまでが嘘のように静かになった。


リゼット「わたし、あなたに乱暴されたと訴えるわ」


 クラリオの手がビクッと動いて、止まった。


リゼット「わたしのすべての人脈を使って、話をふれまわるわ。

 だからこそ、婚約も辞退したのだと、あらためて王太子殿下に伝えます」


 ああ、愛しい人。そんな目をしないで。


リゼット「ええ。そうすればわたしの未来もさらに光を失いますわ。

 散った花など、誰が愛でましょう」


 でも、もう全て捨ててしまった後だもの。


リゼット「あなたと一緒が良いの……

 生きるにしても……


 ……堕ちるにしても……」


 クラリオ・フェルディナン男爵令息は、リゼット・コルヴィア伯爵令嬢の足元にひざまづいた。

 リゼットの手を優しく取って、うやうやしく掲げた。


クラリオ「失礼いたしました。もう一度……


 もう一度、やりなおしをさせてください」


 リゼットは虚ろな顔で、少しだけ微笑んだ。


********


 夕刻の王宮で、カイルはクラリーチェに呼び出された。

 仕事の合間に向かった応接間にいたのは、憔悴した幼馴染みの姿だった。


クラリーチェ「……カイル」


 乱れた髪。すがり付くような目。余裕をなくした頬。今にも崩れそうな、力ない立ち姿。

 女性だったときにも、こんなに弱りきった姿を見たことがない。


 カイルは無言でクラリーチェを抱き締めた。


カイル「大丈夫だ。俺がいる」


 クラリーチェは目を閉じて、カイルの胸に身を預けた。


クラリーチェ「ありがと。ちょっと落ち着いた」


 ほんの10秒くらいで、クラリーチェは身体を離した。

 目に力が戻ったように見える。


クラリーチェ「良いものね、男同士のあいさつ」


 クラリーチェは小さく笑顔を見せた。

 カイルはほんの少し残念な気持ちになったが、そんな自分を恥じるように、短く言った。


カイル「俺は、なにをすれば良い?」


クラリーチェ「アマリエ王女に言付けを。お願いしたいことがあるの。


 ……あと、飾り付け。手伝って」

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